日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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源氏物語といえば、1000年も前に書かれた、我が国最古の小説。
原文も現代訳文も読んだことはないが、漫画では登場人物もストーリーも覚えてしまうほど読んだ。
それが、この「あさきゆめみし」。絵も美しいのだが、ある場面がすごくキレイで、何度も何度も読み返してしまう。

●時は平安時代。帝と身分の低い妃の間に生まれた若君は、光り輝くばかりの美しさ、光る君と呼ばれる。母親は病で若くして亡くなり、のちに帝の元に母親によく似た藤壺の宮が輿入れしてくる。藤壺を母とも姉とも慕い、それはやがて激烈な恋心に変わる。
若君は美しく成長し、光源氏と呼ばれ、決して結ばれない父帝の妃である藤壺への想いを胸にかかえながら、多くの女性とさまざまな恋をする。

とあらすじを読むと、「なによ光源氏って女の敵ね」という印象しかもたないのだが、私はこの本を読んで、紫式部あるいは大和和紀が書きたかった主人公は、光源氏ではなく、光源氏が育て、愛し、一番大切な妻とする、「紫の上」ではないかと思った。

紫の上は、幼少時に源氏に引き取られ、慈しまれて育つ。
美しく成長して、源氏の妻となり、教養もあってこころばえもそれはそれは立派な女性だ。
源氏もあまた女性と関係するが、紫の上は明らかに特別待遇、誰よりも愛している。
が、晩年に、どういうつもりなのか、ときの帝の姫君を正室にもらってしまう。

源氏が自分を誰よりも大事におもってくれていることはわかる。
でも身分が高く、若い姫君に、いつか心がかたむいてしまうかもしれない。
それでも心をみにくい気持ちで満たすのはいや、と思いつつ、悲しくて一晩中泣いても源氏にも相手の姫君にもやさしく接するけなげな紫の上だが、心の中の何かが砕けてしまう。
女ならだれしも逃れられないつらくてたまらない嫉妬から逃れることができない、と。
そしてそれを源氏ですらわかってくれない、と。
どんなにむつみあっていても、男と女、いや、人と人との間には深いへだたりがある、と気づく。

「虚しいこと・・・・・
人生とはかくも頼りないものか
たしかなものなどなにひとつない」

男にはたくさんの恋人がいるこの時代、それでも嫉妬しないことが美徳と言われるが、そんな女の自由のない世界から早く去ってしまいたい、と思う紫の上。

そんな鬱々とした日々が続くある春の日、法会を営む最中に、とつぜん、気づく。
まばゆい光、かぐわしい花々、萌え出る緑、鳥の声・・・・

「この世は何と美しいのだろう」

「生きとし生けるものは
みななんと美しい輝きに満ちているか・・・・!」

「わたくしはこの世と・・・
この世に生きることを
こんなにも愛している・・・・・!」

ここが。すごくキレイだ。
男に左右されない生き方を欲しながらも、それでも人を、この世を愛し、愛されることができてしあわせだったと紫の上は言う。
いちばんの喜びもいちばんの悲しみも、愛する人だからこそ、与えられるもの。

「あさきゆめみし」ではここがメインテーマになっているように見える。
どれほど原作に忠実なのかわからないが、この漫画通りだとすると、1000年経っても、人間が考えることって一緒なのね、と思わせられる。


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