日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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文:◎

初めて読んだ川端康成は、「伊豆の踊り子」。
このときは、ふーん何だか退屈だなーで終わってしまい、2作目、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という有名な書き出しだけは知っていた「雪国」。
ノーベル賞作家の純文学を読んどいてもいいかーと退屈を覚悟で読み始めると、島村という主人公の男が
『結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている』
と来る。ん?それはどういう・・もしかして・・と思ううち
『この指だけは女の触感で今も濡れていて、・・・・』
と続く。え、こんな話なの?と意外さにおどろき、いろいろ他の作品も読んでいくうちに、その美しい文章にはまった。

女性を書かせたら、この著者は天下一品。
この本には、タイプの違う3人の女性が出てきて、それぞれ主人公・菊治と関係をもつ。ストーリーを楽しむというより、3人の女性の美を味わう作品。


●ひたすら可憐で清楚な稲村令嬢。この令嬢がやがて新妻になったときの初々しい美しさといったらない。下は茶室での登場シーン。
『若葉の影が令嬢のうしろの障子にうつって、花やかな振袖の肩や袂に、やわらかい反射があるように思える。髪も光っているようだ。
茶室としては無論明る過ぎるのだが、それが令嬢の若さを輝かさせた。娘らしい赤い袱紗も、甘い感じではなく、みずみずしい感じだった。令嬢の手が赤い花を咲かせているようだった。』

●妖しい魅力の太田夫人。菊治とからむシーンは、具体的な生々しいコトバじゃないのになんてエロいんだ。
『菊治ははじめて女を知ったように思い、また男を知ったように思った。(略)女がこんなにしなやかに受身であって、ついて来ながら誘ってゆく受身であって、温かい匂いにむせぶような受身であるとは、菊治はこれまで知らなかった。』

●太田婦人の娘、文子。彼女は清らかでやわらかい感じ。
『文子が坐ったうしろの窓には、もみじが青かった。もみじの葉の濃くかさなった影が、文子の髪に落ちていた。
その文子の長い首から上が窓の明りのなかにあって、短い袖の着はじめらしい腕は青みのあるように白く見えた。そう太っていないのに肩は円い感じだが、腕も円みを持っていた。』


3人の女性の描写の合間に、志野焼の茶碗が登場する。
志野焼の茶碗が、どんなものだか知らないが、焼き物の描写が、女性をあらわすかのようにあやしくていい雰囲気。私の中では勝手にイメージができあがってしまっている。
『その志野の白い釉はほのかな赤みをおびている。しばらくながめているうちに、白の中から赤が浮んで来るようだ。』

解説で
『志野の茶碗の感触と幻想とから、作者は太田夫人という中年の女性を創り出したのだろう、と井伏鱒二氏が言ったことがある』
とあるが、茶碗から世にも妖しくて魅惑的な中年女性を連想してそれを見事に文章化してしまうところがすごい。

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