日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
文:◎

この本は、漢詩を、独自の七五調の日本語に“戯訳”した詩集である。
この独自の七五調の日本語が、元の漢詩の意味を損なうことなく、しかも絶妙で、美しい。
中身もすばらしいのだが、このタイトルの由来がまたすてきだ。

「勧酒」という漢詩を、井伏鱒二が“戯訳”したものがある
実にスバラシイ訳で、この訳が、著者・松下みどりの漢詩戯訳の師となったらしい。

勧酒 于武陵

勧君金屈巵
満酌不須辭
花發多風雨
人生足別離

[読み下し文]
君に勧(すす)む金屈巵(きんくつし)
満酌辞(まんしゃくじ)するを須(もち)いず
花発(ひら)けば風雨多し
人生別離足る

[井伏鱒二の戯訳]
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

井伏鱒二は太宰治の小説の師匠で、『「サヨナラ」ダケガ人生ダ』とは、太宰治が酔うといつも口ずさみ、絶筆となった小説「グッド・バイ」で有名になった言葉。
この言葉に対し、松下みどりはこんなコメントを。

まさにサヨナラダケが彼[太宰]のテーマだった。しかし、一期一会とは言っても一期一別とは言わない。人は生まれて誰と出会うか、その出会いこそが人の生涯を決定する。サヨナラダケが人生ではない。その出会いには古今東西の書物や音楽、信仰なども含まれよう。

このコメントから、『「サヨナラ」ダケガ人生カ』というあえて疑問形にしたタイトルを思いついたとの事。

花が咲いてもやがて散るように、どんな出会いも別れがある。
最終的には「死」という形で。その前に訪れてしまう別れもたくさんある。
恋人や友達とのハッキリした別れ、何となく途絶えてしまう別れ。
でも、だからサヨナラだけが人生か、というとそうではなく、先に別れがあるとしても、出会いは喜びたいし、いい出会いは大切にしたい。
どんなに悲しい別れを体験しても、
別れがあるから出会いたくない、とは思いたくない。
こんな別れを味わうくらいなら、いっそ出会わなければよかった、とも思いたくない。


コメント
この記事へのコメント
homamiyaさん はじめまして
本の大好きなくじらといいます。

井伏さんの、この訳本当に見事だと思います。

こちらでも書かれているように、さよならが来るからといって
出会いを否定したくないですね。

むしろ、いつか別れが来ることをしっているからこそ
出合ったことを喜び合って
杯を交わそうという思いが込められているのでしょうね。
2008/05/20(火) 19:24 | URL | 本命くじら #89zBIK8s[ 編集]
はい、井伏さんの訳と、松下さんのコメントがすごくいいです!
この本に出てくる漢詩も美しいのですが、戯訳になった日本語もとてもキレイなものが多く、言葉って、書く人が書けば、とてつもなく美しいなあ、、と思います。
松下さんの戯訳では、↓のが可愛らしくて印象的でした。


子夜歌

芳是香所爲
冶容不敢當
天不奪人願
故使儂見朗

[読み下し文]
芳(ほう)は是れ香(こう)の為す所
冶容(やよう)は敢(あえ)て当らず
天は人の願いを奪わず
故に儂(われ)をして朗(ろう)に見(まみ)えしむ

[戯訳]
香ガコノ身ヲヒキタテテ
マンザラデモナク見エタノネ
神サマアリガト 願イゴト
叶ッテアナタニ逢エマシタ
2008/05/24(土) 00:53 | URL | homamiya #-[ 編集]
こんばんは


みごとな戯訳の紹介
ありがとうございます。

この訳の美しさは、磨かれた魂が踊っているようだなぁと感じました。
2008/05/24(土) 22:43 | URL | 本命くじら #89zBIK8s[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://homamiya.blog46.fc2.com/tb.php/2-06f67dde
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。