日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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ゴーギャンをモデルにした、架空の画家チャールズ・ストリックランドについて、主人公「私」が、見聞きしたことを述べる伝記形式の小説。
この「私」も、著者モームがモデルの架空の人物。
半分事実、半分創作の物語だが、いかにもノンフィクションのように、参考とした本や論文が脚注に書かれたりして面白い。

イギリスで作家活動をしていた「私」は、その夫人を通じて、ストリックランドに出会う。
株屋をしていた彼は、突然、家族を捨てて、パリへ去ってしまう。
夫人に頼まれ、出奔の理由を探りに行くと、「絵をかきたかったから」だという。

「描かなくちゃならないんだ」
「どうしても描かなくちゃならないんだ」
「どうしても描かなくちゃならないんだと言っているじゃないか。自分だってどうにもならないんだ。水に落ちたらうまく泳ごうと下手に泳ごうと泳ぎ方なんか問題じゃない。とにかく水からでなくちゃならないいんだ、さもなけりゃ溺れてしまうだけだ」

口下手であまり自分の事をきちんと説明できない彼が、最初に「私」に見せた、狂気とも言える情熱。

ストリックランドには良識も慈悲もなく、利己的で関わった人々を平気でひどいめに遭わせる。
自らも、贅沢な生活や人からの評判には全く興味がなく、ボロボロのアパートで貧しい生活をしたり、世間に何と言われてもを何とも思わない。ただひたすら絵が描ければよいのだ。
描き終わった絵にすら、興味が無い。彼にとっては描くことが全て。

この情熱によって、「私」をはじめ、何人もの人が、彼に魅了されてしまう。
ふつうの人は持てない情熱を、彼が持っているからだろうか?

幸か不幸か、私はそこまで悪魔的に情熱を傾けるモノには、まだ出会っておらず、平凡で物質的にある程度満ち足りた幸せな毎日を遅れているが、それに出会ってしまったストリックランドは世間でいう人並な幸せを投げ捨てて絵を描く事を選ぶ。

『自分が一番欲していることをなし、気に入った条件の下に、心おだやかに暮らすことが、一生を台なしにすることだろうか?そして年に一万ポンドの収入があり、美人の妻を持つ著名な外科医になることが成功であろうか?それは各自が人生に対していかなる意義を感じているかによるだろうし、社会に対していかなる権利を認めているかによるし、各自の要求いかんにもよるだろう。』

六ペンスは英国の銀貨の中で最低額。
口語でわずかなもの、くだらいないもの、を示す。
同じ丸くて銀色の高貴な月と対比させたタイトル。
ストリックランドが得たものは、月と六ペンス、どちらなのか?

するする読めてぐいぐいとのめり込んでしまうのは、ストリックランドの奇人ぶり、けれど芸術に対する情熱に惹かれるのと、「私」が出会う人々をするどい観察でいちいち外見や行動を分析して描写するのが面白いからでもある。

ストリックランドの元夫人が、元夫に対して援助してもよいという言葉に対して。
「しかし、その申し出を促したものは親切心ではないのだ、私にはわかっていた。苦悩は性格を気高くするというが、あれはうそだ。幸福が性格を気高くすることは時々あるが、苦労は大抵の場合、人間をけちに、執念深くさせるものである。」

この「私」が、少ない時間ではあるがストリックランドと共に過ごした時間や、彼を知っている人からの情報を、分析し、希代の画家について述べるのが面白くないわけない。


ストリックランドが最後に探し当て辿り着いた彼の楽園、タヒチ。
「私」も彼の死後、その島を訪れる。
この島のねっとりとした色の濃い描写がいかにも熱帯の楽園ぽくて、うっとりとする。タヒチ行きたい。

ストリックランドが最後に過ごした家の描写。彼はここで思う存分絵を描いて暮らしていた。
「全世界からぽつんとかけ離れた一つの隅っこ、頭上には青空があり、豊かな木々がうっそうと茂っている。ふんだんな色彩の饗宴でした。しかもあたりはかぐわしく、涼しい」
「物音一つしない美しい夜。夜の白い花の香りがただよう」


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