日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
那由多、翠、淑子。
カトリック系女子高校に通う3人の少女の繊細な心の動きを細かい描写で丁寧に描いた作品。
3人それぞれが主人公となる、3編で構成される。


自分が口をつけたペットボトルから父親が飲むの見て「その茶には私の唾液まじってる…」と思うところとか、命がけで恋したり、自分を一人だと感じたり、誰かの一番になれない事を悲しんだり・・。

自分がかつて女子高生だったことがあるゆえに、女子高生ってこんなに感受性が強い不安定な生き物だっけ?と思い返してしまった。
カトリック系女子高校に通う3人の少女の物語、というと、川原泉の「笑う大天使(ミカエル)」もそうだが、まったく世界が違う。(※しごく大雑把で、でも心優しい3人のオチこぼれお嬢様たちの笑って泣ける名作マンガだ。)
自分が高校生だったころはどちらかというと「笑う大天使」に近かったような・・・。
同じ私立女子校モノでもえらい違いだ、と思った。

でも。がさつな私達にもこんな一面も確かにあった
どんな人にも、その年頃にはあるだろう、「少女らしい」一面を拡大、濃縮した雰囲気。
大人になると、忙しさにかまけてなのか、なかなかこういう事を考えたりしないなあ、とやや切なく懐かしくなった。

ストーリーとは直接は関係無い所に、長い描写がある。
その言葉はきれいだが、たとえば何かトラウマを抱えているらしい那由多は、何が原因でそんなに憂鬱なんだ?と理由さがしに一生懸命で文章を味わえなかった。
進みの遅さが退屈に感じてしまう。
それが物足りなくて、再読した。2回目の方が余裕をもって文章を楽しめる。
きれいな言葉たちのつながり方が不自然でぎこちない印象はあるが、そのつたなさも含めて繊細に思える。


『舌の奥にできる縒(よ)れた紙のように小さな白い固まり。私はこれが嫌いで、小さいころは白いカルピスを飲まなかった。(中略)カルピスを飲むと口に残る白い固まり。それが溶けだした歯の残滓のように思えて、私は身震いした。私は自分の体の硬い部分が好きだった。歯や爪。くるぶしの骨。そういうものに触れていると安心できた。』

『私たちはまるで、言葉を知ったばかりの幼児のように「どうして、どうして」と繰り返す。どうして夕焼けは血の色をしているの。どうして私たちは体液を分泌するの。どうして拒絶と許容の狭間で揺れ動く精神を持って生まれたの。』

『私は一人だ。(中略)誰も私を一番にはしない。先生も、なゆちゃんも中谷さんも。ついでに言えば成績だって容貌だってそうだ。私はいつも平凡な場所に一人でたたずんでいる。
(中略)
そして私は知ったのだ。結局のところ、本当に誰かの心を得られるのは一部の人間だけなのだ、と。私には友達がたくさんいる。笑いあっておしゃべりしたり、休日に楽しく買い物したりする相手は、中谷さんやなゆちゃんよりもたくさんいるだろう。塾に行けば男の子とも気軽に話して仲良くなれる。でもしれが一体なんだというのだろう。やはり私は、平凡な、大勢の中で生ぬるい温度のたゆたう名前もない一人にすぎない。(中略)心地よさに目を閉じた人々は、誰も私を求めない。』

世界が洪水になったら、箱舟にどんな動物を乗せるか?という質問に対して、「人間」と答えた翠。
周りの人と打ち解けようとしない翠の意外な回答。その理由は?と聞かれて、
『「他の動物と違って、言葉を使ってお互いに近づこうとするから」
開いたままだった手元の本を、栞を挟んでぱたりと閉じた。うまく言えない。残りの言葉は胸の内で続けた。でもそうやっていくら近づこうとしても、ふとした瞬間に一人になってしまう。だからよ。
言葉をいくら重ねても、果てしなく隔てられ交わることがない。でもだからこそ、どこかに逃げたいとは思わないのだ。どこに行っても同じだ。どこに行っても一人なら、せめて那由多のそばにいたい。届かない言葉が虚無となっていくら押し寄せようと、それでもまだ言葉を重ねたいと思える相手のそばにいたい。』

文庫の表紙の絵がとても綺麗だった。
スポンサーサイト
この本を読んでいると、口の中や体に砂がまとわりつくような不快感を覚える。
でもそれが快感になる。

昆虫採集に出かけた男が、海ぞいにある、砂ばかりの土地で、部落ぐるみの企みによって、砂の壁に囲まれた穴の中の家に閉じ込められ、その家に居た女と共に、降り積もる砂を除きながら暮らす事になる。
その設定は奇抜だが、そこでの暮らしの描写はしつこいくらいにリアルで緻密で、変な現実感がある。
砂がからむ描写が特にリアルで、だから砂を肌に感じてしまう。

果たして男は脱走できるのか!?とストーリーを楽しむというより、そのしつこい描写をねっとりと楽しんで読んだ。
ぜひ。蒸し暑い所で読んで、湿気くさい、狭い、暑い、砂だらけの家の不快さをじっくり味わいたい。

最後に冷たい水が登場する。
極端に水気がないから、それがすごく清く冷たい水に見えて痛烈に気持ち良かった。
ねっとりと不快さを味わって、それが慣れて快感になるころ、この水の爽快感が印象に残る。

20ヶ国以上で翻訳された名作らしいが、翻訳でこの雰囲気出るのかしら、と思った。

amazonに出ている文庫は新しいのか、私が読んだ新潮文庫はこういう表紙だった。こっちの方が本の内容に合ってると思う。
砂の女
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。