日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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奇書と有名な「ドグラ・マグラ」に手を出す前に、ちょっとお試ししてみよう、と買ってみた。
いずれも大正~昭和初期に書かれた作品たちで、作品の舞台はだいたい明治・大正時代。

ストーリーを楽しむというより、雰囲気を楽しみたい本。
ストーリーも、ちょっと奇怪でピリリとした辛味があるが、要約すれば3行くらいで終わってしまうような話を、ゆっくりじっくり、丹念に書くものだから、明治・大正時代の古い言い回しや、漢字の多さなどと相まって、ゆらゆら妖しくて魅惑的な雰囲気をかもし出す。

特に印象に残ったものをあげると、

●押絵の奇蹟

明治35年。
ある娘が、自分を慕ってくれる男性の前から、姿を消した。
その理由を、女らしい、か細い文体で、切々と綴った手紙形式。

長々と語られる生い立ち話は摩訶不思議で、娘の両親にまで、話はさかのぼる。

ほっそりと世にも美しい母親と、昔気質の頑固でいかめしい風体の父親。
長く、子ができなかった夫婦にようやくできた娘。
両親に可愛がられ、健やかに育っていたのだが・・・・・。
その生い立ちから、どう男性とつながってゆくのか。歯がゆいくらい少しずつ、明かされる。

表題の押絵とは、歌舞伎の1場面を図案化し、各パーツごとの厚紙を綿と共に布でくるんで作る、絵のことで、娘の母親は手先が器用で、それは見事な押絵を作ることができた。

母親が作り、今は色も褪せた、神社に奉納されている、2つの押絵。

『あなた様と私の運命にまつわっております不思議な秘密と申しますのは、その二枚の押絵の中に隠れているので御座います。私の背中と胸にあります突き疵(きず)と申しますのも、あなた様のお唇を安心してお受け出来ないようになりました原因と申しますのも、みんな、もとを申しますと、その二枚の押絵がした事なのでした。』

と、娘の語りは始まる。

ともすれば平凡な物語となるのを、娘と母親のすさまじく気高く一途で清らかな執念のようなのが、凄みを与える。

物語は一方的な女性からの手紙の内容だけで終わり、結末は語られない。ほのめかして終わるのが、またこの雰囲気に合っている。


●瓶詰地獄

短い話だが、よくできている。

手紙が入った瓶が3つ、ある場所で発見される。
それは、無人島に漂着し、そこで何年間も暮らした兄妹からのもの・・・。

時系列的には、逆の順番で、手紙の内容が紹介される。

最初に3つ目の内容で、結末を教え、
次に2つ目の内容で、その結末に至った理由がわかり、
最後に、まだ何も起こっていない頃に書かれた手紙の内容が、無垢で、結末をすでに知る読者に、つきささる。
この順番がニクいなーと思う。


●猟奇歌

五七五 七七 の短歌形式で、ちょっと猟奇な内容を歌う。
下の2つが印象に残った。

『誰か一人
殺してみたいと思ふ時
君一人かい…………
………と友達が来る』

→この短い短歌1つで、立派なショートショートの小説のようで面白い。


『蛇の群れを生ませたならば
………なぞ思ふ
取りすましてゐる少女を見つゝ』

→どことなくエロチックで恐くてキレイ。

夢野久作の作品は、すでに著作権が消滅しており、ネットの青空文庫でも読める。
青空文庫の「猟奇歌」を見ると、私の読んだよりもっとたくさん載っているので、この本に載っているのは一部抜粋のようだ。

青空文庫の方に載っていた、こういう自嘲的なバカっぽいのも面白い。


『ニセ物のパスで
 電車に乗つてみる
超人らしいステキな気持ち』


『今日からは別人だぞと反り返る
それが昨日の俺だつた
馬鹿……………』


『これが女給
こちらが女優の尻尾です
チヨツト見分けがつかないでせう』

<収録作品>
いなか、の、じけん抄
瓶詰地獄
押絵の奇蹟
氷の涯
人間腸詰
猟奇歌
謡曲黒白談より
杉山茂丸
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トリックや犯人の意外性などは「ふーんそうだったのね」という程度だけど、この本は、それまでの過程が、面白い。

16年も前に起こった殺人事件の犯人を、関係者の話を聞くだけで、推理する、というのが面白いトコロ。

名探偵ポアロの元に、1人の若い女性が訪れる。
彼女は幼い頃に、父親を亡くしている。それも母親に殺された、という事になっている。
母親は罪を認め、有罪となり、獄死しているが、「自分は無実だ」という手紙を、娘に遺していた。

母親の無実を証明してほしい、というのが、娘の頼み。
ポアロにこんな風に依頼する。

「あなたが興味をおもちなのは犯罪の心理的な面なのですね?それなら、年月がたったからといって変わるものではないですものね。目に見える証拠-煙草の吸殻とか、足跡とか、草の葉の倒れたあととかそういうものは今になっては見ることができません。でも、事件の事実を調べてみることはできますし、それに、その当時関係した人たちもひとり残らずまだ生きていますから、きいてみることもできます。そうすれば、いまさっき言われたように、椅子に腰掛けてじっとお考えになっただけで事件の真相がおわかりになるに違いありません......」

ポアロは、まさに心理的に、調査をすすめる。
それは、『事実を探り、証拠をしらべ、それらが、事件に関係した人の行動や、心の動きと一致しているかどうかをみること』。
5人の証人をたずね、話を聞き、それぞれが容疑者や被害者に対してさまざまな見解を持っていることがわかる。1つの出来事を、それぞれがそれぞれの見方で見ている。ポアロはその複数の見解を見つめ、その人が何故そのような見解を持ったか考え、逆算のように、正しい真実を導き出すのだ。

細かい時間がどうとか複雑なトリックだとか、そういうものではなくミステリーを楽しみたい私にはうってつけ。



関係者の話だけで過去の事件を推理するのは、ある娘の両親が死んだ12年前の事件は、「母親が父親を殺したものだったのか、父親が母親を殺したものだったのか」を探る「象は忘れない」と同じ。こちらも私のお気に入りだ。

ポアロ作品を調べていたら、ポアロ好きの人が作った「名探偵ポアロがスキ。」というサイトを発見。
なかなかまとまっていて見やすい。
文庫派の私にしては珍しくハードカバー。
いつだったか実家に戻ったときに、母上から進呈されたものに、やっと着手。重くて持ち歩けないから、就寝前のひとときに。

そんな夜更けにひっそりと読むのがふさわしい。

ふつうの人に、突然ふりかかる不幸な出来事。
そんな時に見え隠れする、人の心の闇。
見たくなかった人間の醜い心。
それは愛情や親切と紙一重に存在する。

どんな人にでも不幸はふりかかる事がありえるし、ごくふつうの人が恐ろしい事をしでかす時もある。
そう、きっと私も。
それを承知で、その上で闇をのりこえ、幸せになるよう努めるべきだ。
と、言われてるかのようだった。

川崎の旅籠屋の娘、おちかは、実家で不幸な事件に出会い、心を閉ざしたまま、江戸にある叔父夫婦の元に預けられる。

そこで、叔父の道楽に付き合わされ、摩訶不思議な話を叔父に代わって聞き集める、という仕事をすることに。
そのうちに、
「大変な目に遭ったのは自分だけではない」
という、決して仲間意識とか優越感ではない共感や、さまざまなものの見方を得て、少しずつ強い心を得るようになる。

この、訪れる客が語る物語が、えもいわれず怖い。
人の心の闇と、怪奇ホラーがちょっとずつ入り混じって、怖さの中に人の弱さが持つ悲しさが見えて、とても上手いと思う。

客が語る物語の一話一話は面白いのだが、最後に、それまでの話や登場人物が全てつながるようになるのが、やや強引。そして突然ファンタジーというか、それまでは妖のものは、その影らしきものは見えても本当に存在するかどうかわからない、くらいかすかな存在だったのが、堂々と現れて、おちかと対決する羽目になる展開に、違和感を感じる。
息苦しいほどの柏の葉の緑。
その葉で黒く染めようとした糸が、思わぬ鮮やかな珊瑚色になる・・・とか。。

さやえんどうの若くてみずみずしい緑、とか・・・
この人の小説では色がとても印象に残る。

蓉子、与希子、紀久、マーガレット。
4人の女性が、古い日本家屋に下宿する。
そこは、蓉子の亡くなった祖母の家。網戸もエアコンも無い、あたたかい木の手触り。庭に咲く花、野草たち。そこは時が止まったような空間。

4人はいずれも、手仕事を好む。
草木を使って糸を染めたり、機織りをしたり、羊毛をつむいだり・・・。

そして、かつては話すことができた、という蓉子の持つ市松人形、りかさん。

おだやかな4人の生活が、日本家屋のやわらかい情景と共に、丁寧につづられて和んでいると、後半は一転、オカルトというかファンタジーというか、過去からの因縁がつむがれ、意外な展開に。
それに、織物の歴史やそれを支えた名もない女性たちへの考察が入ったり、異国からの手紙が混ざったり、ナンダこの展開は??と思っているうち、ラスト、激しいあでやかな1枚の画(え)をまぶたにやきつけて、終わる。

ぎっしり詰め込まれてるけれど、読んでて不快にならない。織物や手仕事、異国の文化に対して、著者の考え方が深くしっかりしたもので、それを重くならず、けれどしっかりと書いているからだろう。なんとも言えない不思議な印象が残る。
この作家さんは、もう少し読んでみたい。
本作は、「りかさん (新潮文庫)」という本の、続きらしい。次はそれかな。

石田衣良の本は、実にわかりやすい、というか、安心して読める。
大衆的というのだろうか?決して安っぽいワケではないが、わかりやすくお手軽に感動できて、安心感がある。
真珠のように内側からの輝きを持つ40代の版画家の女性と、その輝きをわかる若い男の恋の物語。
しっとりと、甘い。

「自動車は男に似て、外見よりもなかにはいってくつろげる内装が重要なのだ」
とか。
洒落た文句が、かっこいい。
香り高い珈琲とか、シャンパンを片手に、うっとりと味わいたい作品。

主人公の女性に悲しい事が起きたときに、しかしその悲しみを引き起こす決断は、愛する人のためにと自分が正しいと思ってやったこと、ならばその悲しさは暗くはない。
というのが、大人っぽいと思った。
その時に作った作品は「明るい悲しさ」と評されたように、それはクリアで透明な悲しさ。
生物と無生物のあいだ」の著者、福岡伸一が朝日新聞紙上でススメていた1冊。


新装丁の文庫が本屋に並んでいたので買ってみた。
東京イラストレーターズ・ソサエティ主催の企画展「わたしと、この一冊」で、イラストレーター・松尾たいこが描きおろしたカラフルな風景に2人の女の子が並ぶ可愛らしい作品がカバーになっている。

「介護士」という職業の主人公が、施設で育った子供時代を回想する。
介護士の仕事に関するちょっとした説明や、子供時代の仲間との思い出、親友との駆け引き、けんか、いじめられっ子や、みんなで絵を描いた記憶。
いかにもフツーで、けれど妙に、曖昧に語られる。

何かヘンだな・・と思わせるちょっとした違和感が、不安を醸成しながら積み重なっていって、次第に、その施設や主人公の正体が明らかに、なる。

その正体については、そう斬新なワケでもなく、ありがちな内容といえばそうだが、ものすごく悲惨なハズの主人公が、全く嘆くことも取り乱すこともなく、運命を淡々と語る押さえたトーンが、この作品の静かな魅力をかもし出している。

透明感のあるあきらめ、哀しみ、それでも人生や人を大切にする美しさ。それが魅力。
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