日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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ある日、ある町の住人がごっそり消滅する。
それは『町』と呼ばれる何らかの大きな意思によるもの。
管理局という国家組織はそれに対抗すべく、消滅について調査し、次の消滅を予測し、防ごうとする。

「消えた人々の事を悲しむと余滅が起こるため禁止」とか「消えた町の名前が入った書籍や書類は全て削除する」とか「消えた町に関わると汚染を受ける」とか、町の消滅というあり得ない現象について細部まで設定されている。
国に関しても、そこは日本のようで日本ではないようで、「西域」と呼ばれる外国や、西域の人々が暮らす「居留地」があり、居留地の民にはこれまた独特の掟やら文化があるのが垣間見える。
ここまで「ありそうでない」世界を作り上げるのはすごいが、細かく作り上げられた世界が、前に呼んだ短編集「バスジャック」だと楽しめたが、長編だと食傷気味になってしまった。

理不尽に突然大切な人を失った人々や、管理局に籍を置き町と壮絶な戦いをする人々のヒューマンドラマは実にドラマチックだが、登場人物たちの台詞や行動も、いかにも、という感じで飽きてしまうし、出てくる人同士があれよあれよという間に繋がる展開もややわざとらしくて楽しめなかった。
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ちょっと読みやすい軽めの本を、と集英社文庫に手を伸ばした。
「とにかく・・・・・・すごい本です。そうとしか言えません。」
というオビは、ちょっと大袈裟だが。しかし。面白かった事は面白かった。
「世にも奇妙な物語」のような、不条理で不思議な、ドラマっぽい7つの短編たち。

モノによっては、ブラックだったり、心温まるような、だったり。
奇抜な発想は共通して、ある。

例えば「二階扉をつけてください」では、出産で妻が実家に帰ったため一人暮らしの旦那が、「二階扉をつけるように」という回覧板を無視したため、近所のうるさいオバちゃんに怒鳴り込まれ、「二階扉」って何なんだろう、、と思いつつも言われるがままに業者に依頼して取り付ける話。
結局二階扉の正体は明らかにはされないのだが、なんとなくわかってくるその使い道。
音だけでわかるブラックなオチ・・・・。

不条理でブラックだなーと思って読み進めると、不条理な不思議バナシは他もそうだが、ブラックなのは最初のコレだけだった。


表題の「バスジャック」は、
『今、「バスジャック」がブームである。』
というワケのわからない一文から始まる。
あまりのブームに、バスジャック規正法もあるし、ルールも定型もあり、観客もバスジャックを見る目が肥えてくるし、バスジャックを期待して高速バスの人気があがっている、そんな世になっている。
かくいう主人公の乗っているバスも、バスジャックが発生し、乗客は期待のまなざしでバスジャック犯を見つめる。
乗客とバスジャック犯のやりとりがテンポよく、このテンポが止まる事なく一気にラストへ向かい、勢いのあるまま快い切れで終わる。


「送りの夏」は、泣けた。

12歳の麻美は、小学校の夏休みに、失踪した母を捜して海辺の町へやってくる。
母は、その町に居た。
「直樹さん」と呼ぶ男性と共に。しかし、男性は車椅子にのり、微笑のまま動かない。
その建物には、動かないマネキンのような大切な人と暮らす何組かの家族が暮らしている。
母は割とあっさり麻美を迎え入れ、動かない人々が何者かと思いつつも、麻美もそこでしばらく暮らすことに。

この物語は、何か、夏の海辺でないと、ダメだな。
夏の海の昼と夜がよく似合う。
私の好きな夏の描写がたくさんあってそれだけでも楽しい。

強い日差し、陽炎、周囲の山々からの蝉の声、潮の香りと山の匂いと草いきれを含んだ熱い夏の大気。
丸みを帯びた石が広がる磯浜で、真っ白な石を拾って、日の当たる側とそうでない側を交互に頬にあてて暑さと冷たさを交互に味わうとか、海にそれを投げて「とぼん」と間の抜けた音で沈むとか、冷たい麦茶とか。
満月がさえぎる雲もなくあまたを照らし、水面が光を千々に切り分けてるとか。

物語のテーマは、生と死、続くと思っていた愛しい人との日常が終わった時の受け入れ方、という感じなのだが、それに紐づいて描かれた、夫婦や親子の在り方というものが面白かった。

この先はちょっとネタバレあり。

愛し合って結婚した夫婦が、しかし、その愛がずっと変わらず続くわけではないと思う麻美。
「好きになって、結婚して、暮らしていくって、どんな感じなのかなあ」
という疑問に、ある人は、
「今日の次に明日が来るように」「続けていくものではなくて、続いていくものなんだよ」
と言い、60年連れ添った老人は、60年はあっという間でむしろ短いと言い、
「長くなればなるほど、一緒にいた時間なんて、あっという間に思えてくるもの」

父親は、家族の元を去り、他の男と一緒にいる母親を見ても動じない。
「『信じてる』ってコトバを使って逆に相手を束縛したり、夫婦っていうコトバで互いのやるべきことを見失うのはやめよう」
と母親と結婚するときに誓ったからだ。
「お父さんとお母さんは互いに夫婦だ。だけどね、互いのすべてをわかり合うことはできないし、わかる必要もないんじゃないかって(略)思ってる。わからないままでも、わからない部分を含めてお母さんのことを好きだし、守っていきたいし、一緒にいたいんだよ」
この思想は、立派すぎて、そりゃそうだ・・・、としか言えないが、真理だなーと思う。

「信じるっていうのは、お父さんからの一方的な気持ちの押し付けだ。こうあってほしいっていう身勝手なものだね。信頼するっていうのはそれとは違う。互いの存在や、考えていること、やろうとしていることを認め合える関係のことなんだよ。お父さんは、お母さんとそんな関係でいたいと思う」
信じると信頼するの違いは、これは単なるコトバの定義でしかないけれど、誰かをずっと一緒に長くいたかったら、やっぱり存在まるごと認め、ここでいう「信頼する」気持ちにならないといけないんだろう。

この父親の言葉を、娘の麻美は、わからないとしながらも、最後に母親にこう言っているって事は、根本的には理解し、母親を信頼したことになるのでは。

「わかんないけど、お母さんのやろうとしてることが、今しかできない、お母さんにしかできないことだったら、がんばって」


他に、「しあわせな光」「二人の記憶」「雨降る夜に」「動物園」を収録。

「動物園」もちょっと奇抜な発想が面白かった。
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