日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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キャラ:◎

噺家・柳家小三治の、落語の前の小噺(まくら)をテープから起こして文章にした本。前作「ま・く・ら」に続く2冊目である。前作よりも本音が語られているというか、人柄や考えている事があらわになる小噺が多くて面白かった。

全体的に、オカシイ。しかも、味がある。

解説で小沢昭一が語る下記のようなホメ言葉が、とてもよくこの本をあらわしている。
いずれの小噺も、柳家小三治の身辺におこった実話であるが、

『だいたい実な出来事は、毎日のようにわれわれの身の周りで進んでいるわけで、ありきたりの実にも、トッピな実にも、しょっちゅう囲まれて、あたしら暮らしているわけだけれども、そういう日常の雑多な実のなかから、あなたは「噺」をつかまえてくる。そのつかまえ方、つくりあげ方が、まぁ、ニクイほどうまい。』
のである。

その理由として、柳家小三治の物事を見つめる視点が、ユニークだからという点を挙げて、ユニークさについてこう語る。

『そのユニークさは、あなたが、常識にとらわれない独自のマナコで物事をニラんでいるからでしょう。しかもその独自のマナコは、なにも物事をハスッカイに見てやろうなんて魂胆ではなく、あなたにとっては、実は、ナイーブな目なんですなぁ。素直な自我がニランでるんです。そのユニークな自我を持っている人の語る言葉だからオモシロイのですよ』

小三治自身が、本の中で言っている。
落語を聴いた人が落語を面白いと思ったときは、その陰にいる噺家を面白いと思っている、と。
ベートーベンの「月光」がいいと言うとき、それは音楽自体に価値があるのではなく、ベートーベンという人間の力に感動するのだ、と。
どんな職業の人も、根本にあるのは、その人自身、その人間そのもの。
そう思うからこそ、柳家小三治は、いろんな事に首をつっこんだり、調べたり、考えたり、そうして日々、人間として面白さを鍛え上げているのかしら。

その旺盛な好奇心、「面白い」を追求する根本にあるのは
『人間が楽しめるものみんな楽しんで、それから死にたいですねあたしは。楽しんでみなきゃわかりませんよ。』
という心持ちなのだろう。

子供の教育について。とことん面白いものを追求した人には、こう言える。
『何やったって必ずいつかはいいものを求めるようになるんです。』
だから、親がワルいと思うモノに子供が興味をもってしまったとしても
『興味が向いたらどんどんやらせりゃいいんです。早く飽きさせたらいいの。いいものは飽きないですよ。』

そしていろんな事をやって、いいものが残り、そしていろんな事をやったという経験が、また、面白い人間をつくるのだろう。
はじめからいいものばかり厳選されて与えられるよりも、いろんな経験の中から、いいものが残る方が面白いと思う。

この本は本当に面白くて、一気に読んでしまったのだが、あとがきに
『先を急がないで下さい。例え黙読でも、私がおしゃべりしてるのと同じ速度で読んでくれませんか。』
とあるのを読んで、ナルホドそうか、と、もう一度ゆっくりペースで読み直し、その方が、より楽しめた。面白くても、わざとゆったりと読むのをオススメする。
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キャラ:◎

噺家・柳家小三冶の、18編のまくら集である。

まくらとは、本人のあとがきによると・・・
「噺の枕というのは、落語の本題に入る前のイントロで、こんなにいろんなこと長く喋るものではないのです。短い小噺をひとつふたつ喋っておいて、ポンと本題に入るのが江戸前てぇなもんです。本題に自信がないので独演会などの時にぐずぐずごまかしのためにやり出したのです。」
とあり、これがしかし、本題の落語より面白い!と言われるほどで、とうとう本になった。
私はこの著者の落語を聞いた事はないが、まくらは確かに面白かった。

まず、噺家コトバそのままの文体が、いい。ほどよい茶目っ気と柔らかさ。
『以前は外国へ噺家が行くなんてこたぁもう、今で言えば月の世界、火星の世界へ行くような、そんな感じがしたもんでございました。』
などと始まり、その内容は、多趣味で好奇心旺盛な著者の性格を反映して、さまざまな分野にわたる。
それでそれで!?と聞きたくなってしまう、著者のとる行動、思考の行く先。
そして、どれだけ多分野にわたっても、一本筋が通っていて、何の話をしていても、ブレない価値観をもっている事を感じさせる。

・日本人は豊か豊かと言われるけど、アメリカの失業者は、失業保険で生活しながら、庭もプールもある生活。失業しているワケを聞くと、「今おれに合う仕事がないから」と。「合う仕事が出てきたらバリバリ働く」。日本人は何人が、合う仕事をしていると言い切れる?

・外国のホテルのフロントで、ルームナンバーが英語で通じた!それだけで、「オー世界に国境はない」と大喜び。ちょっと通じる、くだらないことだけど、とても嬉しい。

・10年かけて映画を字幕ナシで見れるよう、英語の勉強を志す。字幕に出てこないものを見逃したくない。アメリカ人が涙する一言で涙し、笑うとき一緒の笑いたい。五十の手習いで、単身アメリカの英語学校へ。

・今の子供に涼しいものはナンだ?と聞くと、クーラー、扇風機と答えるだろう、でも本当に涼しいのは山の中とか川のせせらぎだ。大人が忙しくてそれを教えてあげられない世になっている。

・人の一生は子どもの時に決まる。後から性格を変えるのは無理。生れついた性格で爪弾きされるなら、開き直ろう、爪弾きされる楽しさもある。

このように、一つ一つは、他愛もないエピソードなのだが、著者の口調で読んでいくと、ハマる。
そして、「幸せって何だろう?」という考察もある。
その結論は、大層なものではないが、この語りの流れで読むと、胸にすとんと落ちて、いい気分になれる。

空飛ぶ馬」やら「ハナシがちがう!―笑酔亭梅寿謎解噺」やらこの本やら、落語に関わる本を読んでいると、実物を聞いてみたくなる。ちょうど、誕生日を迎える友人が、落語を見てみたい、とつぶやいていたので、誕生日のイベントで、一緒に落語を初体験。新宿の寄席「末廣亭」に行って来た。
イヤなかなか面白かった。話し方も、笑わせ方も、枕も、人それぞれ個性がある。
ちょうど、春風亭柳橋という方の襲名披露公演中で、「ま・く・ら」にも出てくる、襲名される噺家さんへの同期や先輩からの口上なるものがあり、面白くもあたたかい言葉たちで、微笑ましかった。

柳家小三冶のナマ枕も(噺も)いつか聞きに行ってみたい。



オビの「心に沁みるミステリの隠れた傑作 温かい感動の輪が広がり、45万部突破!!」に惹かれて買ったものの、いまいち読みにくくて感情移入できなかった。

ミステリーと言いつつ、殺人者(犯人)の動機があんまりしっくりこない。ミステリーの醍醐味の1つは、なぜ犯罪を犯したのか?犯人の動機をうまく語ることだと思う。

●仕事にかまけている間に妻と子を亡くし、ホームレスになった男が、ふらりと流れ着いた街で、10年以上昔に命を助けた少年に再会する。
自分を押し殺し、何も考えないようにしていた男が、少年とのやりとりや、身近に起きる殺人事件で、次第に自分を思い出し、とり戻し、事件を調べる羽目になる。
被害者は全員、少年が「哀しくてかわいそうだ」と言った人々。年の割に大人びて聡明な、だけど男にとって唯一、「よい事」をしたと胸をはって命を助けた少年が犯人なのか?

何がしっくりこないのか?と考えると、たとえば、初めに放火される家は「川路」家。物語の後半、この家の名前がふたたび登場するが、前半「川路」という名前は2回しか出てこず、印象に残らない。後半でその名前を見ても、「ん?誰だっけそれ?」と戸惑ってしまう。
こういう戸惑いが、物語にのめりこませてくれなかったのかと思う。

テーマとして、少年が主張する、「人は森を出て、よりよい生活を求め、サルから進化して、本当に幸せだったのか?失うことへの不安、得られないことへの不満を手にしただけなのでは?」という考えは面白い。
このテーマがもっと物語としっくり噛み合うと面白い作品になりそう。

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