日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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北村薫、宮部みゆき、の二大ミステリー作家が選んだアンソロジー「名短篇、ここにあり」の続編。
昭和初期から終戦直後に最盛期を誇った作家たちの短編が並ぶ。

前作の方が印象深かった。
時代背景からか、貧しさや死が題材だったり怖いモノも多く、全体的に古くて暗い印象。

特に印象に残ったのは、

●吉屋信子「鬼火」
ガスの集金人が体験する身の毛のよだつような、怪談。
人気の途絶えた家の暗~いシンとした台所に、ぼうっと光り続ける青いガスの炎。
・・・こわい。実にこわい。
こういう絵画的なイメージがくっきり浮かぶと、やはり心に残って忘れられない。
幽霊が出るわけではないが、立派な怪談。
後味の悪さも最高、この短さでこの印象の強さはすごい。

●岩野泡鳴「ぼんち」
人が死にかけているシリアスな話なのに、滑稽にまとめられている。
「で、何が言いたいの?」と思ってしまうストーリーなんだが、北村薫と宮部みゆきは、あとがきの対談でこう書いている。

『「文学とは人間如何に生くべきかを書くものである」と言う人に見せてやったらどうか、と思うんですけれど。なんという無意味、なんという馬鹿馬鹿しい人生、こういうものを書くということも、小説の一つの面としてあるんだということを強く感じましたね。』

『作品を発表すると「テーマは何だ」「何が書きたかったんだ」と、インタビューが来ますよね。私はそういう真面目な人にこれを読んでもらいたい。このテーマは何だ?かくも無意味無駄な馬鹿らしい死、それだけなんですよね。それだけで、読んだ人間の心を動かすし、忘れられないですね、これは。』

作家がこういう事を考えてるのが面白いと思った。
そうか、小説って、別にテーマがなくても、いいんだ。

一人で読んでいたら、さらりと読み流して特に何も感じない作品でも、この対談のように、他の人の(それも北村薫と宮部みゆきのような博覧強記な現役の作家さんの)感じたことをつまみ食いしつつ読むと、「ああそうか」と共感したり「そうは思わないなー」と反発してみたり。が、できるのが、楽しい。

収録作品は下記のとおり。

舟橋聖一「華燭」
永井龍男「出口入口」
林芙美子「骨」
久住十蘭「雲の小径」
十和田操「押入の中の鏡花先生」
川口松太郎「不動図」
川口松太郎「紅梅振袖」
吉屋信子「鬼火」
内田百「とほぼえ」
岡本かの子「家霊」
岩野泡鳴「ぼんち」
島崎藤村「ある女の生涯」
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北村薫、宮部みゆき、の二大ミステリー作家が選んだアンソロジー。
本屋さんで面白そうなモノばかり選んでいるとどうしても最近のわかりやすい話に偏ってしまう。
古くて地味な本にも、手を出してみたいと思ってもなかなか手がのびにくい昨今、こういうアンソロジーはありがたい。
以前読んだ同じ編者の「謎のギャラリー」シリーズがなかなか面白かった事もあり、購入。

展開が派手でわかりやすい作品ではないので、すっごく面白い!というパンチ力はないけど、2人の対談形式の解説付きで、「お、こういうの、アリだな!」と自分の好みを新たに発見できるのが嬉しい。

色んな作家の短編を1冊にして読むと、文章って本当に自由だ、と思う。
単なる文字の羅列が、「つめたーく静か・・」なのや、「アホくさいほどにぎにぎしい」のや、「淡々とコワい」と、千差万別な空気の物語になる。その世界を旅できるのが、アンソロジーのよいところ。「名短編、さらにあり」という続編もあるようだ。

●半村良「となりの宇宙人」:古アパートの近くに宇宙人が落ちてくる。何だかんだ言って気のいい住人たちに匿われ、「宙さん」と呼ばれ手当てを受ける。ほのぼのとややエッチでアホなオチで、落語の長屋モノのよう。

●黒井千次「冷たい仕事」:特にストーリーというストーリは無く、ある作業の快感を伝えるだけのホントの小品。料理と料理の間に出てくる小皿にのった口直しのような話。すぐ食べ終わる。

●小松左京「むかしばなし」:何となく好きな作品。何てことないごく短い話だけど、オチがちょっと洒落ている。オチを知ってから最初を読むと、ははあナルホドと思わされる、短いけどちゃんとショートショートしてる作品。

●城山三郎「隠し芸の男」:サラリーマンの哀しみとコワさ。私もサラリーマンだが、出世のために芸を身に着けておくような雰囲気を感じたことがなく、あまり共感できずこの作品の面白さがいまいちわからかった。

●吉村昭「少女架刑」:いちばん印象にのこった衝撃的な作品。冒頭の、雨滴をはらんだ蜘蛛の巣やら、軒から落ちる雨滴の音、地面に落ちた水滴の中の砂礫が滴の落下でこすりあわされる音・・・の静かで冷たいかすかな音の詳細な描写で、感覚が、特に耳が、研ぎ澄まされておいてから、私の死体がどうなってゆくかが語られる、死体による一人称の物語。死体の一人称は、乙一の「夏と花火と私の死体」で使われていたが、こんな先駆者がいたのね。
かなりグロテスクな内容だけど、ずっとシンとした静けさがはりつめていて、生々しい肉体感があまりないので、苦手な私でもまだ読める。
ラスト、静かな静かな音が、研ぎ澄まされた耳に響いて終わるのが、とても印象的。

●吉行淳之介「あしたの夕刊」:途中までエッセイみたいに進んで、昔の夕刊は翌日の日付で発行されてたという事実に「へー」と思ってたら、ラストはショートショートらしい終わり方。その展開、うまい。

●山口瞳:「穴」:ストーリーは全く面白くなく、そもそもストーリーなど無い、とも言える。登場人物の無秩序な名前と意味不明な言動が不思議な雰囲気をかもし出した世界を味わうべきなのか。こんな感じ。下記、[ ]でくくった部分がすべて人名である。名前なのかわからないようなものや、実在人物の名前が混ざり合う。
[偏軒]は、妻[イースト]のために庭に穴を掘り、[ドストエフスキー]が通りかかって、妻の[風船]が行方不明で、娘の[ターキー]が自分で弁当を作ると言う。公務員の[トモエ]さんは、[偏軒]に[岩下志麻]や[吉永小百合]との仕事の話をする。

●多岐川恭「網」:ある人物の殺人を、いろんな人が試みては失敗する連作の1つらしい。連作として読むと、また何か仕掛けがあって面白いのかもしれないが、これ1編だけでは、マヌケな男の単なる犯罪失敗談でしかなく、イマイチ面白さわからず。

●戸板康二「少年探偵」:ある町で、足立君という少年が、身近な事件を次々になんなく解決する、タイトル通り、少年探偵モノ。謎も解き方もあっけなく、さらりと終わってしまい物足りない。

●松本清張「誤訳」:理屈っぽいストーリーを、この短さでキレイにまとめてるところが、さすが。この人の文は重さがあるけど読みやすくて好きだ。

●井上靖「考える人」:終戦後まもない漁村で、私が初めて見た木乃伊(みいら)は、ロダンの「考える人」のポーズをしていた。何故、そんなポーズをしているのか?という解答を、私が想像するまでの、物語。その解答は、宮部みゆきが思わず太線を引いてしまい、「若い人にぐいぐい読んでほしい」と言うモノ。宮部みゆきの作品にただようテーマにもなっているのかもしれない。

●円地文子「鬼」:女の中にひそむ鬼、というのは割とよく書かれるモノだが、円地文子と言えば(読んだ事ないけど)源氏物語の現代訳本を出した一人。女性モノには強そうなイメージが何となくある。ストーリー展開は難がなく実になめらかで引き込まれる。ストーリーと言い、雰囲気と言い、山岸涼子の漫画にありそうな感じ。

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