日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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中島らもがアジア各国を旅して感じたアジアの背骨のようなもの、その匂い、空気の色を描いた短編集。

どこかの南の島から始まってスリランカ、バンコク、上海、香港、インド、韓国、ベトナム、バリと続く。アジアのねっとりしたかぐわしい、雑多な雰囲気が香っている。読後、旅に出たくなる。
寓話・昔話風だったり旅の紀行文のようであったり様々だが、いずれも、短い文がテンポよく並び、終わりにもいちいちちゃんとオチがあるのが小気味よい。

インドで中島らもが目撃した、あるシーンについての記述が印象的。

『あの美しい一瞬。そうした瞬間を紡いでいくためにだけ、わたしは何千枚という原稿用紙を文字で埋め尽くしていくのではないだろうか。』
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35歳の中年男が、アル中で入院し、病院でいろいろな患者や医師に出会い、また、アル中について考察するハナシ。
作者の実体験がかなり入っているらしい。

中島らもの文章は、飄々としていて乾いている。
だから悲惨なハナシもあまり生々しくなく、ドライな感じが読みやすい。
アル中の男についても、どこか他人事のような描写。アル中についての考察がまたドライで、それゆえに的確で面白い。作者がアル中だった時またはその後に、きっと、こんな事をどこか他人事風に、でも緻密に調べたり考えたりしていたんだろうなあ。

主人公は、不安やイライラを感じると、「酒をいま飲んだら・・」と考える回路ができている、と自覚する。
『精神病理学で言えば報酬系の回路が確立されてしまっているわけだ。(略)
酒をやめるためには、飲んで得られる報酬よりも、もっと大きな何かを「飲まない」ことによって与えられなければならない。
それはたぶん、生存への希望、他者への愛、幸福などだろうと思う。』

『人間はそれでいいのではないか。名前すらなく、飲んで飲んで飲みまくったあげく目詰まりした「アルコール濾過器」として、よく燃えて骨も残さない。きれいさっぱりとした「具体」であって何がいけないのか。どうして人はアル中であってはいけないのか。えらそうな「人間」でなくてはならないのか。』

作中で、久里浜式アルコール依存症スクリーニングテストというのがあり、
-5点以下:まったく正常
-5~0点:まあまあ正常
0~2点:問題あり
2点以上:きわめて問題多い
という判定で、主人公は12.5点。
私もやってみたら、3点。うーむ、「きわめて問題多い」のだろうか。

酒つながりで、この本にも、「「サヨナラ」ダケガ人生カ―漢詩七五訳に遊ぶ」で読んだ詩が出てきた。奇遇だ。この詩もとても好き。
「勧酒」という漢詩を、井伏鱒二が“戯訳”したもの。

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみつがしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ
ストーリー:◎
9つの奇想天外なストーリーの短編集。
動きがある展開が粋で、発想が面白い。起承転結がハッキリしていて、結びの部分が皮肉的で意外性や茶目っ気があるのがいい。

特に好きな3つ。

●「日の出通り商店街 いきいきデー」
日の出通り商店街には、年に1度、いきいきデーなるイベントがある。これは、「誰を殺してもいい楽しい祭り」。
ただし、暗黙のルールがいくつかあり、その1つに、
「己れの職能に関するノウハウをもってプレイすること」
が、ある。
そこはそれ、商店街だもの、中華料理屋は中華鍋と中華包丁を持って、天ぷら屋は煮え油を武器に、商店街をウロウロし、出会った相手と命を賭けて戦う。
そんな武器たちなので、戦いの様子も、どこかコミカル。

このぶっとんだ発想が、どこから出てくるのだろう?

●「掌」
同棲する男女の部屋のふすまについているシミ。
女性は、赤ちゃんが汚れた手でさわった後にカビが生えたものではないか?と言うが・・・。

最後のシーンがすごく映像的で、その光景を想像してしまってコワい。
凍りつくような、終わり方が印象的。

●「ラブ・イン・エレベーター」
新築ビルのエレベーターに乗り合わせた男女。
エレベーターはごくフツウに上昇を始めるが。
いつまで経っても、止まらない。
中の男女に正確な時間はわからないが、何日も、ひょっとしたら何年も、上昇を続けているのでは・・・?
これも発想が面白い。オチも洒落ている。
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