日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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織田信長が実は女だった、という歴史小説。

女だからこそ、天下統一ができる、という主張が面白かった。

天下統一が自分にしかできないのは、心がけの問題だ、と信長は言う。
男は泰平の世を作りたくて戦をするわけではない、戦のために戦をする、だから適当な落としどころばかり探りながらずるずる戦を長引かせてばかりいる、と。
斉藤道三はそういわれて、たしかに、自分は、ただ己の証しを立てたい名前を残したいと戦っているだけだ、と思いあたる。

信長は、民がのぞんでいる泰平の世を望み、そのために戦をし、とことん勝ち抜く事を望む。
戦で名をあげようなどと思っていないから、刀や槍ばたらきでの個人の武功に頓着せず、集団として戦に強くなる方法を思いつき、実践できる。

という流れは面白かったし、信長に関する史実を、実は女だったという観点で描かれた逸話たちはパロディのように楽しめるが、信長がヒステリック過ぎて読んでいて疲れてしまうし、「男とは」「女とは」論が、やや偏ってる感じがする。

この著者の小説は、いつもくたびれたおじさんが、たらたら文句言ったりひねくれたりしながらも、目覚めて最後には再生する爽快さがあるが、主人公が女性のこの話では、信長は最後に自分が本当に求めたものが何かを知り、満足げだが、読んでいる方は、それで満足なのか?というラストであまりすっきりしなかった。
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ストーリー:◎ キャラ:○

佐藤賢一作品で、ベスト3に入る傑作。直木賞受賞作でもある。
解説で紹介されている審査員の井上ひさしの感想「おもしろくて、痛快で、おまけに文学的な香気と情感も豊か」がまさにピッタリ。

●時は、中世。フランス王ルイ12世は、醜女と名高い王妃と別れ、広大なブルターニュ公領を持つ未亡人との再婚をねらうため、王妃に対して、離婚裁判を起こす。
この時代、カトリックで離婚は認められていない。
離婚したければ、「結婚の無効取消」をねらうしか、ない。

どうすれば、キリスト教の法にてらして、「無効」とできるのか?

主人公は、裁判を傍聴しに田舎から出てきた弁護士。
この著者の作品によくある、昔はかがやいていたダメ中年。この物語は彼の再生物語、でもある。
かつては、パリ大学で英名をとどろかせた学僧だったが、おちぶれて今や片田舎の弁護士。
これが、ひょんな事から王妃の弁護をすることになり、圧倒的な劣勢から、その冴え渡る知性と現場で磨いた凄腕で、裁判をひっくり返そうとする、法廷サスペンスだ。

「インテリは権力に屈してはならない」と、息巻いていた学生時代のように、敢然と国王とその手下たちに楯突く主人公。
「新しい弁護士は、俺だ」と、傍聴席から立ち上がり、後輩である学生達の喝采を受けて弁護席に立ってからは、まさに痛快。

どうすれば、キリスト教の法にてらした「無効」をはねのけられるのか?

専門知識を駆使し、場の空気をつかむ駆け引き。
そして、教会裁判で使われるラテン語で緻密に検事側を追い詰めつつ、記録には残らないフランス語で、「美人じゃないから、やらなかったなんて、どう考えてもインポ野郎の言い訳じゃねえか」と、傍聴席の民衆を沸かす。傍聴席は爆笑しながら、下品な野次で応えてくれる。
検事側はますますうろたえる。
ここらへん、実にエネルギッシュで面白い。

そして。
キリスト教において、夫婦とは、結婚とは、セックスとは?
若かりし青春の日に、最愛の女を失った主人公の考える、考え続けてきた、男とは?女とは?愛とは・・・?

解説にもあるが、登場する2人の女性の描写がこれまたステキ。
主人公の昔の恋人、ベリンダ。美人でおしゃべりで愛らしく、生命感にあふれている。
かたや、王妃。醜女と呼ばれるが、濃い色の地味な服に頭巾をかぶって、印象は暗いが、孤立無援の中、穏やかにしかし頑なに離婚を認めない、高貴な凛とした強さ、そしてその中にひそむ弱さが、後半には愛らしく描かれ、どちらも魅力的。

ローマ人の物語」、「ガリア戦記」、とカエサルのガリア遠征モノを読んだので、続けてもう1冊。
西洋歴史モノに強い佐藤賢一の「カエサルを撃て」を、再読。

私の中での佐藤賢一の傑作「カルチェ・ラタン」と「王妃の離婚」に比べれば、物足りない感がある小説だが、「ローマ人の物語」「ガリア戦記」はカエサル(ローマ)側からの視点なのに対し、この本はガリア側からのハナシなので、視点が変わって面白い。

カエサルのガリア遠征の最後を飾る決戦の相手、ウェルキンゲトリクスが主人公。
まとまることが苦手なガリアのほぼ全部族を、逆らう者を厳罰に処すという苛烈な方法でまとめあげてカエサルに立ち向かった美しい若者。

この本ではカエサルは、若い頃の情熱を失い、上手に生きてくだらない地位を守ろうとする、ダメなハゲ親父として描かれている。(ローマ人の物語とはエラい違い・・・)
何にでも気をつかってしまうお人よしの自分とは対照的に、全ガリア統一という目標に向かって、どんな残酷なことでもでき、自分を貫ける敵将の若者を、カエサルは美しい、と思う。
そして、自分がダメな男になっていた事を、認める。
認め、再生する。
佐藤賢一は、中年男の再生物語を書くのがうまい。これもその1つ、実は主人公はカエサルの方なのでは。

「」でくくられない部分にも登場人物たちのセリフがずらずらと続き、それが独特の文体になっているのが私は割と好きだが、好みは分かれるかもしれない。

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