日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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さすが名手、宮部みゆき。語りが巧い。
ややホラーな5つの短編がおさめられている。
人の弱さ、強さ、身勝手さ、妬み・・・を巧みに物語に織り交ぜてくるから、読んでいて自然に心が揺さぶられる。

最初の「雪娘」は、視覚的な印象が強い。雪が降り積もり真っ白な街、灰色の壁の無機質な場所に、赤いパーカと赤いマフラーの少女の遺体、という光景が目に浮かんでそれがずっと頭にある状態で読んだので、話がより寂しくうす寒く感じられ印象に残った。

「チヨ子」は何となく日本人形をイメージしていたが、実はウサギのぬいぐるみなのが、意外だった。前2編が人の弱さを描いて悲しい話なので、余計に「チヨ子」で描かれる人の強さは、心強くて励まされる。短いけれど、いい話だ。

幽霊騒ぎから発した噂の真相を確かめたいという娘を手伝う父親の話「いしまくら」は一番面白かった。因果応報を描いた「石枕」という昔話を持ち出し、日本人に根付いたこの考え方は次第に消えていっている、その代わりにひどい目に遭う人はそれなりの理由があるという考え方の浸透や、その背景を語り、さらに娘の偏った調査の仕方を見抜いたり、調査の結果が思わぬ真実を見つける所とか、この短さでここまで盛り込んでそれでいて面白さを保っているのは、さすが。

「聖痕」は神とか正しさなどがテーマで、短編で語るにはやや重いせいか、話が唐突で、物足りなさが残る。
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文庫派の私にしては珍しくハードカバー。
いつだったか実家に戻ったときに、母上から進呈されたものに、やっと着手。重くて持ち歩けないから、就寝前のひとときに。

そんな夜更けにひっそりと読むのがふさわしい。

ふつうの人に、突然ふりかかる不幸な出来事。
そんな時に見え隠れする、人の心の闇。
見たくなかった人間の醜い心。
それは愛情や親切と紙一重に存在する。

どんな人にでも不幸はふりかかる事がありえるし、ごくふつうの人が恐ろしい事をしでかす時もある。
そう、きっと私も。
それを承知で、その上で闇をのりこえ、幸せになるよう努めるべきだ。
と、言われてるかのようだった。

川崎の旅籠屋の娘、おちかは、実家で不幸な事件に出会い、心を閉ざしたまま、江戸にある叔父夫婦の元に預けられる。

そこで、叔父の道楽に付き合わされ、摩訶不思議な話を叔父に代わって聞き集める、という仕事をすることに。
そのうちに、
「大変な目に遭ったのは自分だけではない」
という、決して仲間意識とか優越感ではない共感や、さまざまなものの見方を得て、少しずつ強い心を得るようになる。

この、訪れる客が語る物語が、えもいわれず怖い。
人の心の闇と、怪奇ホラーがちょっとずつ入り混じって、怖さの中に人の弱さが持つ悲しさが見えて、とても上手いと思う。

客が語る物語の一話一話は面白いのだが、最後に、それまでの話や登場人物が全てつながるようになるのが、やや強引。そして突然ファンタジーというか、それまでは妖のものは、その影らしきものは見えても本当に存在するかどうかわからない、くらいかすかな存在だったのが、堂々と現れて、おちかと対決する羽目になる展開に、違和感を感じる。
キャラ:○ ストーリー:◎

「僕」が中1の夏、僕の一家が、見ず知らずの男から5億円を遺贈される事件「今夜は眠れない」、の続編。

●僕が、恋をした。
その相手、大好きなクラスメイトのクドウさんが殺された!?
と思いきや、被害者はクドウさんに良く似た従姉。
でも、そのせいでクドウさんも無責任な噂にさらされ、元気をなくしてゆく。
見かねた僕は、沈着冷静で聡明な親友・島崎と、彼女を元気づけるべく、事件の真相をさぐる。

無駄のないストーリー運びで、一気に読まされる。

僕の目、ひいては宮部みゆきの目は、実によく人を見ている。
クラスメイトに対しても、犯人に対しても、被害者に対しても。

そして、犯人と、被害者。
そこに殺人があっても、宮部作品では「どのように殺されたか?」トリックは、あまり重要ではなく、長いページを割いて書かれるのは、「どうして殺されたのか?」

犯人はどんな人なのか?
どんな理由があったのか?
被害者はどんな人だったのか?何を考えていたのか?どうして殺されたのか?

宮部みゆきがそこにこだわるのは、作中に出てくる、犯罪に対する下記のような考え方のせいなのかもしれない。

「ロッキード事件を転換点に、日本にはよいイミでも悪いイミでも『絶対の権力』がなくなり、犯罪は、本物の陰謀とか社会悪というものではなく、個人の心のなかだけに筋の通った動機や申し開きのある、行きずり型になってきた。
国をゆるがす陰謀や、社会構成から生まれ出る不公平や貧困、あるいはイデオロギーに突き動かされた結果ではなく、個人の心の欲望とか欲求という、きわめて基本的だけど、ある意味では外部の人間には永遠にわからないものから生まれている。」

「推し量ったり解釈はできても本当に理解することは不可能」と言いつつ、でも宮部みゆきは、それを個人のことなんてわからない、と放置しないで、例え1つ1つ小さなことでも取り上げて考えて、理解したいからなのかしら?と思った。


親友・島崎は、前作につづいて名参謀役。
だが、今回は、途中から様子がおかしくなる。
僕に隠し事を、している。
それもなんだか、悲痛な様子で。

僕はそれに怒り、事件の真相とともに、親友が隠していた事実もつきとめる。
自分のために隠してくれていたことも。

ラスト。人生の真冬の直撃をくらって吹雪が荒れる傷心状態で帰宅した僕を、島崎がマンションの入り口で待っているシーン。
ごくごく短い会話をかわすだけなのだが、ああ、男の子の友情っていいなあ、と言葉にすると俗っぽいけど、そういう風に思ってしみじみ終わる名シーン。


キャラ:◎ ストーリー:◎

この本は、私が学生時代に読んだ、初めての宮部みゆき作品。母上が図書館から借りてきたのを横からつまみ読みしたら、見事にハマった。それは、衝撃の出会いだった。

こんな面白いストーリーを考えられる人が世の中にはいるのか!という衝撃。そのくらい話の進め方が見事。展開が早く、でもわかりやすく、そしてドラマチック。割と薄い本だし、さっと読めるけど、すごく面白い。一流のエンターテイメントと言える。

主人公が中学生男子で、その級友・島崎が中学生とは思えないくらい賢くて冷静なのがまた私好み。

●結婚15年目の両親と、中1の僕。至って平和な(と思われていた)家庭に訪れる、突然の嵐。
それは見知らぬ弁護士がもたらした、遺産相続さわぎ(正確には遺贈というらしい)。
母親が娘時代に、とある出来事で関わった男性が、遺言で母親に5億円の財産を遺すという。
嵐の初めは外側から。マスコミの取材やら、親戚・知人からの干渉、不特定多数のおかした人たちからの脅迫電話。
そして、実はほころびかけていた両親の仲が一気に悪化。
とうとう、父親は家出してしまう。
僕と島崎は、嵐の発端となった、母親と男性のつながりを調べはじめ・・・そしてさらにさらに・・・・!!

これは、ある「賭け」の物語だ。
誰が、どうして、何のために、何を賭けていたのか?
実は最後にやっとわかる。最後に明かされて、すごく納得して、そしてホッとする。
「ああ。そうだったのか」と気持ちよく読み終えられる。

2人の少年が、水族館で出会い、「マダム・水族館(アクアリウム)」と名付ける謎の婦人も、ドラマチックさに色をそえる。婦人との出会いのシーン、すごく映像的で心に残る。

『いくつぐらいだろう・・・・・・四十五歳ぐらいにはなっているかもしれない。でも、とっても綺麗な女性だった。ほっそりと優美で、シンプルな黒色のスーツがよく似合う。僕らに向かってにっこりほほえんでいるくちびるだけが、淡い紅色だった。
(略)
視線をあわせ、そろって言葉を探している僕たちの頭に、代わる代わる、その人はそっと手を置いた。そして言った。「じゃ、またね。坊やたち。きっとまた、ここで会えることもあるわね」
彼女が消えてしまったあとも、しばらくのあいだ、香水の薫りが残っていた。
島崎が、感嘆の面持ちでぽつりと言った。
「マダム・水族館(アクアリウム)だ」
(またここで会えるわね)
たしかに、その約束は果たされることになる。だけど、それはまだまだ、先のお話。』


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