日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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閉鎖病棟」のコメントで、ふくろうさんが「ちょっと長いけど、感動します」とススメてくれたのをやっと、読んだ。「閉鎖病棟」はあまりピンと来なかったが、「国銅」は長いけれど、読み止められない粘り強い面白さがあった。
長門の奈良登りという銅山で、都へ献上する銅をつくる人足。
その中に、若き主人公・国人(くにと)は、いた。

来る日も来る日も少ない食事で、過酷な労働。
岩を切り出し、焼いて銅を取り出す。そのためにたくさんの人足が様々な部署で働いている。
国人の担当は、最初は堀場で岩を掘る仕事、そのうち釜屋に移動し、石を焼き、その後、吹屋でたたらを踏む。
ここで作られた銅は、都で大仏を作るのに使われるのだが、その都での人手が足らないため、奈良登りからも人足を出すことになる。
国人も含めた15人が、大仏をつくる人足として、都にのぼることに。

歴史的には、聖武天皇によって天平17年(745年)に作り始められ、天平勝宝4年(752年)に開眼供養会(かいげんくようえ、魂入れの儀式)が行われた、今の東大寺にある、あの「奈良の大仏」だ。

都では、これまた過酷な、何年間にもわたる大仏づくりの苦役が待っている。

このストーリーだけ読んでいると、どこが感動なんだ、と我ながら思ってしまうが、人足たちの日々の素朴な暮らしぶりや、銅作りや大仏作りの詳細な工程(この描写がリアルでわかりやすくて興味深い)、主人公・国人の素直で利発な性格と、それを愛されて周りから字や詩や薬草の知識を習い、成長する様が、地味なんだが、引き込まれる。

「お前がお前の燈火。その明かりで足元を照らせ。」国人に文字を教えた僧が伝えた、釈迦の言葉。
「そなたたちが、あの盧舎那仏を造ったとなれば、そなたも仏だ」「そなたたちも仏だ」都で出会った、僧の言葉。
この言葉が、国人の胸にずっと残る。読んでる私の胸にも明かりのようにずっと残る。
つらい生活や、悲しい別れが続くほどに、この言葉が思い出される。

長い労役が終わり、やっと故郷へ帰れる日が来る。
もうこの頃には、完全に読み手は国人によりそい、故郷へのじりじりするような長い道のりを、一緒に歩むようになっている。
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オビによると
『山本周五郎賞受賞作
なぜ、彼は殺さねばならなかったのか?
閉じられた空間「精神科病棟」で起きた
感動のドラマ・・・・・・』

精神病というと、気が狂っていて、残虐なことが平気でできたりする、というイメージが特に小説では強いけれど、この本では、ごく純粋で、気持ちも優しい患者たちが、どちらかというと、不器用に描かれている。
著者は、珍しいことに現役の精神科医らしい。患者さんへのあたたかいマナザシを感じる。

精神科病棟の患者の思いや行動をつづる、あたたかいマナザシを感じるエピソードがちりばめられた本。
ストーリーといえば、私はイマイチだった。
オビから期待したイメージは、殺人事件が起こり、それを中心に物語が進み、だんだんと解明されてゆく・・・というものだが、そういうハナシではない。
殺人が起こるのはほとんどラストで、犯人も動機も分かった上で起こるくらいなので、ミステリーとして期待しない方がよい。

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