日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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文:◎

この本は、漢詩を、独自の七五調の日本語に“戯訳”した詩集である。
この独自の七五調の日本語が、元の漢詩の意味を損なうことなく、しかも絶妙で、美しい。
中身もすばらしいのだが、このタイトルの由来がまたすてきだ。

「勧酒」という漢詩を、井伏鱒二が“戯訳”したものがある
実にスバラシイ訳で、この訳が、著者・松下みどりの漢詩戯訳の師となったらしい。

勧酒 于武陵

勧君金屈巵
満酌不須辭
花發多風雨
人生足別離

[読み下し文]
君に勧(すす)む金屈巵(きんくつし)
満酌辞(まんしゃくじ)するを須(もち)いず
花発(ひら)けば風雨多し
人生別離足る

[井伏鱒二の戯訳]
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

井伏鱒二は太宰治の小説の師匠で、『「サヨナラ」ダケガ人生ダ』とは、太宰治が酔うといつも口ずさみ、絶筆となった小説「グッド・バイ」で有名になった言葉。
この言葉に対し、松下みどりはこんなコメントを。

まさにサヨナラダケが彼[太宰]のテーマだった。しかし、一期一会とは言っても一期一別とは言わない。人は生まれて誰と出会うか、その出会いこそが人の生涯を決定する。サヨナラダケが人生ではない。その出会いには古今東西の書物や音楽、信仰なども含まれよう。

このコメントから、『「サヨナラ」ダケガ人生カ』というあえて疑問形にしたタイトルを思いついたとの事。

花が咲いてもやがて散るように、どんな出会いも別れがある。
最終的には「死」という形で。その前に訪れてしまう別れもたくさんある。
恋人や友達とのハッキリした別れ、何となく途絶えてしまう別れ。
でも、だからサヨナラだけが人生か、というとそうではなく、先に別れがあるとしても、出会いは喜びたいし、いい出会いは大切にしたい。
どんなに悲しい別れを体験しても、
別れがあるから出会いたくない、とは思いたくない。
こんな別れを味わうくらいなら、いっそ出会わなければよかった、とも思いたくない。


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