日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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モノクロなイメージの「名短編、さらにあり」のアトで、反動で、ひたすらに明るいモノが読みたくなった。そんなときに、本棚をあさって手にとったのが、コレだ。

極彩色に明るく、アホこの上ない名作。

村上龍の作品は、暗くて妙に生々しい肉体的な描写が痛々しいのだが、この本は、ちがう。とにかく明るい。

1969年。当時高校生の村上龍とその周りの人々を描いた、半自伝のような作品。
主人公ケンは長崎は佐世保の進学校に通う高校生。
世間は学生運動で盛り上がり、同級生は受験勉強にいそしむなか、ケンの頭の中にあるのは、同じクラスの美少女・バンビのことだけ。
彼女に好かれたい、いや、もっと言うと女にモテたい、ただその一念であらゆる努力をこなす姿は感動的である。

『要は、女だ。脱落者になるのが恐いのは、メスを手に入れることができなくなってしまうからだ。およめさんとか制度の問題ではない。不特定多数のメスだ。メスに好かれるという保証がなければ男の子は生きてはいけないのである。』
は、名言だと思う。

口が達者なケンは、いろんな人を巻き込みつつ、フェスティバルを開催する。それが何かもよくわかっていない頃から、とにかく、フェスティバルだ!と盛り上がってゆく。

ただスケベなだけではなく、村上龍の根幹が、この本には、ある。
それは自由を愛し、人生を楽しむこと。
『何かを強制されている個人や集団を見ると、ただそれだけで、不快になるのだ。』
『楽しんで生きないのは、罪なことだ。(略)
楽しく生きるためにはエネルギーがいる。
戦いである。
わたしはその戦いを今も続けている。
退屈な連中に自分の笑い声を聞かせてやるための戦いは死ぬまで終わることがないだろう。』

義務とか、自己抑制とか、恥とか、そんなもので人生を楽しめない大人を「アホか」と切り捨て、ひたすらに楽しい祭りを追い求める高校生が、ここにいる。
その姿にまぶしさを感じながら、テンポのよい真剣なアホっぷりに爆笑できる。

キャラ:◎
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ストーリー:○

村上龍の小説は、肉体に関する描写がリアルで汚くて気持ち悪くて、はじめは「うっ」と思うのだが、それが強烈で、読んでいくうちになじんでくるのが快感。

福岡が、北朝鮮の軍に占領される。ふぬけた大半の日本人はなす術もなく侵略をゆるす。その一方、殺人をなんとも思わないなど社会不適合な変わった感覚を持つ子供たちがそれに対抗する。
ファンタジーとも言えるようなストーリーだが、緻密な文章にたたみかけるように先へ先へと押し進められて、違和感を感じない。あっという間に読み終わった。

読み終わったあと、私に残った印象は、

民主主義とは、多数派が幸せになるための仕組みで、少数派の幸せは無視される。
大多数の人は、多数派側だからそれに気が付かない、あるいは気が付かないふりをしているけれど、いつ、どんなきっかけで少数派になり、不利益をこうむるともわからない。

それを承知で、多数派にいるのか?単に居心地がいいからと何も考えないでいるのではないか?と問いかけられたような気がした。

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