日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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読むのが待ち遠しく、読み終わるのがもったいない、最も好きな小説「守り人シリーズ」の7作目。

1作目で11才だった皇太子チャグムは15才に。
賢く優しく、芯には燃えるような強さと気高さを秘め、教育係のシュガがかつて感じた『輝く玉のような清いもの』を持ったまま成長している。

大国タルシュの侵略が迫りつつある中、チャグムは父帝からは相変わらず疎まれ、大切な人々から離され、苦難に満ちた旅をし、ラストでは危険だが唯一希望へとつながる道を選んで、次作へ続く。
それは、澄んだ月光が暗い海につけた、蒼い道だった。

と、最後まで読んでタイトルがその道を表したものと気付く。よくできたタイトルだ。

主人公はチャグムだが、その他の登場人物全員が、彼らの信じるものに従って生きているのが感じられるのが面白い。

冷酷で憎むべき敵国タルシュのラウル王子も
「なぜ、他国に手をのばすのか、などという決まりきった問いを口にするなよ。いっても、詮ないことだ。おまえと、おれとでは、立場も物の考え方も違う。 父なる皇帝の右腕の太陽宰相や、そこにいるクールズならば、口当たりのいい理屈をこねてみせるだろうが、おれは、おまえに、そんな言葉はいわぬ」
とは、いっそ気持ちいい。

世界地図を初めて見たときの反応も好対照。チャグムは、
「世界は広いと思いました。・・・・・・すべての国を、見てみたい」
ラウルは逆。
「世界は狭すぎる。―これから、おれが手に入れられる国は、もうわずかしか残っていないと思った。あのとき胸に宿った焦りにも似た気持ちは、いまも、おれの中にある」

タルシュは、スケールの大きな国。数々の属国を持ち、道や水道などのインフラや建物はしっかりしていて豪勢、支配の仕組みもうまくまわっている。

著者はあとがきで、「同じ作者の2つの物語、コサックのシベリア侵攻をコサック側から見た物語と攻められたタタール側から見た物語を読んで衝撃を受けた」と書いている。
この物語が面白いのは、著者のこの考え方が生きているからなのだろう。

『そうか、歴史には絶対の視点などなく、関わった人の数だけ視点があり物語があるものなのだと、そのとき初めて思ったのです。
 私が心惹かれるのは、絶対の視点がない物語です。
 俯瞰すれば無数の命がうごめく世界が見え、ぐっと近寄れば、ひとりひとりの人間のリアルな心の動きが見える。そして、そのひとりひとりの背後には、彼らを生みだしてきた歴史が感じられる……そういう物語なのです。』


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守り人シリーズが好調な上橋菜穂子の、別な物語。
守り人シリーズの方がシリーズ化されていて話が長いだけあって、壮大。比べると、こちらはやや地味。ながらも、日本的な美しい風景を、キレイな言葉でつづってあって、絵画的なところが魅力的。
あとがきに作者自身が書いているような
『夕暮れの枯野、浅い春の宵闇に漂う梅の香り、そして薄紅の雲のようの桜』
というようなものたちが、うっとりする描写で書かれている。

●隣り合う春名の国と、湯来(ゆき)の国。先代領主らが水源地をめぐって争い、それは呪いによる陰惨な戦いに発展し、関係者の怨みばかりが深くなっていった。
そんな時代。春名の国に住む少女・小夜は、実はこの争いに深い関わりを持つ者だった。そうとは知らず、祖母と2人、集落のはずれでひっそりと暮らしていたが、幼い頃に犬から助けた狐(実は霊狐)の野火と共に、この争いに巻き込まれてゆく。

小夜も野火も、思わず微笑んで応援してしまうような、とてもやさしくて健気で、つよい芯を持った子供たち。こういう清らかな少年・少女をかかせたら、上橋菜穂子はとても上手い。
守り人シリーズに登場する、少年皇太子・チャグムを思い出す。

両家の憎しみは、終わらせることができるのか?

ついこないだ読んだ「灰色のピーターパン」の中の「野獣とリユニオン」では、短編だったので、あっという間に解かれた「こりかたまった憎しみ」が、この本では1冊かけて、ゆっくりと、どうなってゆくかが描かれている。
ものを書く人ならば、「憎しみって持ち続けてよいものなのか?」というテーマを、一度は書いてみるものなのかもしれない。
キャラ:◎ ストーリー:◎

守り人シリーズ4作目。
これまでと趣き変わって、3作目までの主人公・女用心棒バルサは出てこない。
代わりに、14歳になった新ヨゴ皇国・皇太子のチャグムが、隣国サンガルの新王即位式に出かけ、そこで国同士の陰謀そして戦いに巻き込まれる、というハナシ。

シリーズおなじみ、現世界のウラに存在する異世界ナユグも関わってくる。

3作目でちょっとマンネリ化したかなーと思っていたが、どっこい、本作で一気に世界が広がり、いろんな国が登場し、国際的に広がりを見せ、新しい展開に引き込まれる。

これまで、新ヨゴ皇国のほかに、2作目で北の国・カンバルが登場し、国のオリジナリティというか、地理・民俗・国民性などの個性をあざやかに描かれていたが、今回は、南の国に世界が広がる。

海、風、花の色彩の濃い描写が、いかにも南国。
風土だけでなく、王家の成り立ち、それによって王家と民の関わり方もまた全然違う。
そこが、おもしろい。
そして、何よりもワクワクするのは、1作目からなじみの皇太子チャグムの立派な成長ぶり!
王族としての気品、社交性を身につけ、駆け引きもできるようになり、でも大切なモノを失っていない。

国の一大事に、漁民の娘の命など、チリほどに軽い。
隣国サンガル王家の人々も、新ヨゴ皇国の帝であるチャグムの父も、そういう考え。
反して、チャグムは、その小さな命を見捨てることができない。
それは、皇太子としては危ない思想であることも承知している。
周りの人を、さらに大きく言えば自国を、危険な目に遭わせてしまうかもしれない危うさをもっている、それでもチャグムは配下のシュガに約束させる。

陰謀を知りながら、人を見殺しにするようなことを、決して私にさせるな、と。

『政は、人の情けさえも道具として使う。それをシュガは当然のことと思ってきた。
だが、この皇太子の身のうちには、輝く玉のような清いものがあった。』
そう思ってきたシュガもやがて、
「清い、輝く魂を身に秘めたままで、政をおこなえる方がいることを、私は信じます」
と言うようになる。
まっすぐな気性のチャグムと、それを愛しつつも冷静でチャグムを止める事もあるシュガ。よいコンビ。この先が楽しみ。

そしてチャグムは、考える。
異世界ナユグと、現世界サグ。
時々起こる2つの世界の重なり、そして、それを感じる人が稀にいる。
それには何の意味があるのか?
大きな壮大なめぐり・・・・自分をはぐくむ世界は、どうめぐっているのか?
しかし世間の人々は、そんな事には無関心で、日々、人とどう関わるか?国をどう動かすか?陰謀や戦にばかりにとらわれている、と。

今後、このシリーズにおいて、チャグムは、世界の壮大なめぐりを、解き明かすのではないだろうか?と期待される。
日々の政を、清い魂で行っていくうちに、いつか、そんな日が来るんだろう。
その時には、今回はまったく登場のなかった、前作までの主要キャラであるバルサやタンダ、トロガイといった人達も、関わるんだろう、きっと。
楽しみ、だ。
文:○ キャラ:◎ ストーリー:◎

守り人シリーズ2作目。
1作目が面白かったので、本屋で見かけてすぐに購入。これまたあっという間に読み終わった。

2作目で、本当にハマった。登場人物にも愛着をもってしまったし、このシリーズは今後も買うだろう。

1作目は子供に、2作目は大人に人気があるという。
私も2作目の方が好きだ。

1作目同様に緻密に作り上げられるこの世界、今回は前作のヨゴ皇国の隣の国、カンバルの話。
土地の貧しいカンバル国で産出される唯一の高価な産物、ルイシャ石<青光石>。この石を、カンバルの王と、王の槍と呼ばれる選ばれた槍使いたちが、<山の王>から受け取るという儀式が、35年ぶりに行われる。儀式の内容は秘密とされている。前回参加者も黙して語らない。<山の王>とは何者なのか?ルイシャ石<青光石>とはどうやって採れるのか?
この儀式にかくされた、カンバル国の仕組み、これがすごくよく出来ている。
人の死というものを、ファンタジーの世界で、こういう仕組みにしてみたかー、と感心してしまう。

カンバル国の仕組みを明らかにすると同時に、主人公、女用心棒バルサの物語もすすめられる。
バルサは、25年ぶりに故郷カンバルで、自分の心の傷と向き合う。
幼い頃、理不尽に家族を奪われ、国を追われた。養父はそんな自分のせいで、国を出て、かつての仲間に追われ、仲間と戦い、殺す羽目になり、不遇のうちに、養父は亡くなる。
この事が、バルサにとってはぬぐってもぬぐっても消えない、心の古傷。
その傷に向き合おうとして、故郷をおとずれ、儀式に巻き込まれ、儀式の中で、傷と向き合うことができる。このからめ方が、うまいなあ、と思う。

バルサがカンバル国に着いてから、物語にはずっと、寒さと雪のイメージがついているが、ラストで、バルサが窓を開けて、春の風を感じ、大切な人のところへ帰ろう、と想う。
このラスト、ずっと苦しんでいた傷をいやしたバルサが感じた春の風のあたたかさが体感できるようですがすがしい。


文:○ ストーリー:◎

新ヨゴ皇国という架空の国が舞台のファンタジー。
もともと、児童文学だったものを大人向けに漢字を増やしたものらしい。

「ファンタジー = 何でもアリ」なのではなく、ファンタジーというのは、いかに「ある世界」を作り出すか?という作業で、文化人類学者である著者は、建国の神話、先住民の伝承、先住民と新しい住民との違い、民俗、社会制度、精霊と人々の関係、などなど実に緻密に、かつ余計なものなく1つの世界を作り上げている。それがまず見事!

また、小説たるもの、世界をつくりあげるだけではなく、その世界でもって、物語をアピールできることが大切。

物語は、年のころは11~12歳の少年皇子が精霊の卵を産みつけられ、それゆえに父帝からの刺客や、卵をねらう魔物におそわれ、女用心棒や先住民の呪術師らと共に、精霊のナゾをときながら、卵を無事に孵そうとする、というモノ。
物語に、作り上げられた世界観がからみ、物語の進行とともに、世界の仕組みが明らかになってゆく。

物語のテンポも早く、先が気になり読み急いでしまう。
女用心棒が敵とたたかう戦闘シーンも、飛ばさずに読めるあたり、文章力もなかなかだ。

いいセリフも出てくる。世界はファンタジーでも、そこに人がいる限り、人の幸せ、不幸せは、やはりある。女用心棒は、その出生のために、追っ手から必死で逃げるつらい生活を送り、育ての親をそれに巻き込んで不幸にしたのではないか?という負い目を感じていた。その育ての親のセリフ。

「いいかげんに、人生を勘定するのは、やめようぜ、不幸がいくら、幸福がいくらあった。金勘定するように、過ぎてきた日々を勘定したらむなしいだけだ」

ファンタジーだから、全てが魔法で丸く収まるわけでは決してなく、どうしようもない事もある。それはこの世界と同じ。
それに立ち向かう登場人物たちの姿が、いとおしい。

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