日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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しゃばけシリーズ5作目は、初の長編モノ。

箱根へ湯治の旅に出る若だんな。生れて初めての旅先で、いつも過保護で決してそばを離れない守役の妖(あやかし)2人とはぐれ、人にも妖にもなぜか狙われ追い回される始末で、ワケのわからない事ばかり。

物語がすすむうち、少しずつワケがわかってきて、からんだ糸がほぐれて壮大な広がりをみせてゆく。のだが、このすすみ方に今イチ勢いがなくて、物足りなく感じてしまった。

どんな危機一髪の時も、波乱万丈な時も、守役の妖たちは、とんちんかんな位、若だんな一筋で若だんなにとことん甘い。その掛け合いっぷりは相変わらずで、場面にそぐわない心配性なセリフと、独特の間が、面白い。

気楽に見える若だんなにも、ひ弱な自分が店を継ぐことへの不安がくろぐろとうずまいている。

『どうにもならない事が起きたとき、どうしてる?』の問いに対して
『あちこちへ行くのさ』
『出来ることを増やしてるんだ。するともっと、やりたいことが出てくるから、不思議だよ』
という、心持ちが健気。

『「生れてきた者は皆、強いとこも弱いとこも、どっちも身の内に持ってるもんらしい」
だが、強いところ表に出すには、鍛錬がいる。』
その鍛錬の一歩目が、若だんなの言うように、「出来ることを1つずつ増やす」ことなのではないだろうか。

人を、どうしようもない弱い生き物として描きつつも、強さも持っているとして、そのためには、できることをまずやろう、その一歩の大切さを教えているのかしら、と思う1冊。
青臭いけれどもこういうテーマがあるのがしゃばけシリーズのよいところ。だが、今回は長編の割に、そのテーマがあまり色濃く出ておらず、ハッと胸をつかれるようなエピソードとからんだ表現が少なかったように思える。
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しゃばけシリーズ7作目。
母上が買ったハードカバーをもらいうける。
自分では文庫本しか買わないため、5作目「うそうそ」6作目「ちんぷんかんぷん」は未読のままだ。
おなじみ登場人物なので、2冊くらい間が抜けていても問題ない。

どうも今回は物足りなかった。
小事件が起きて、若旦那がそれに関わって、妖たち大げさにとんちんかんな世話をやいて、全体的にのほほんとした、それだけで終っているような・・・その雰囲気がこのシリーズのよさなのだが。
飽きてしまったのか、染み入るような感動が物足りない。期待感が大きいのか。
料理と同じで、本の味も、読んだタイミングで変わるから、また別の機会に再読したら印象も変わるかもしれない。

「餡子は甘いか」
という話が、唯一じんわり来た。

若旦那の幼なじみで和菓子屋の跡取り息子・栄吉は、天才的にあんこ作りがヘタ。でも菓子作りは大好きで、いつか・・・!とへこたれずに修行の毎日。
しかし全然上達しない。
そのさなか、何度も何度も、「自分には才能がないのでは?」「こんな事をやっていて生活していけるのか?稼げるのか?」とリアルな悩みを持ってしまう。
自分の努力が報われない時に、人にそれを指摘されれば、それはヘコむ。
それでも健気に『諦めたらそのとき、おしまいになる。己を疑うな。大丈夫だ。』とがんばっていても、諦めたら駄目だとわかっていても、どうしても頑張れない時は、ある。
それは、自分が苦労している横で、大して苦労もせずラクラクとそれを達成し、周りの人にもそっちが評価されてしまった時。

それでも、栄吉は立ち直った。
そして最後は、菓子の師匠にも認められた。
『何事に付け、やり続ける事が出来ると言うのも、確かに才の一つに違いないんだ。お前さんには、その才がある』
『結局、(器用にこなして上手にできるようになる人よりも)修行の先にある菓子作りの面白みを知るのは、お前さんの方かもしれねえなあ』

山岸涼子のバレエマンガ「アラベスク」を思い出した。
ロシアの田舎バレエ学校の落ちこぼれ生徒だったノンノ。秘めた才能を見出され、バレエ界をかけ上がる。そこで出会ったライバル、天才少女ラーラ。
ラーラが一度で踊れるものを、努力型のノンノは、何度も何度も叱られ、苦しみ、悩んで練習また練習。この2人が勝負して、ノンノがきわどく勝利するが、ラーラはあっさりバレエをやめる。
あれだけ才能があるのに・・!と憤りすら感じるノンノに、ある人が、石にかじりついてでも得たモノを、人は決して手放さないが、苦なく手にしたものは、惜しいと思わず捨てることができるのかもしれない、と言う。

あきらめて努力し続けても、達成できない事はある。
人生は有限なのだし、だから簡単に、「あきらめるな」というのが良いとは限らないけれど、でも、しゃばけシリーズでは、これでよいと思う。この本は、そういう美しさを持ち続けてほしい。
クセモノぞろいの常連が集う酒場。
「とっても不幸な幸運」という名の缶をあけると、幻が見えたり、曲が聞こえたりして、開けた人の何かが動き始める。

常連と店長が店の調度品を壊すようなケンカをしたり、深刻になりそうな事態も常連達の賭けのネタにされたり、どたばた&コミカルな人情バナシに謎ときミステリーをトッピングしたようなものにしようとする意図はわかるが、「しゃばけ」の世界ではぴったりきてたそれが、このハナシでは、どこかリアルでなくて面白くなかった。

謎ときのまどろこしさ、こじつけっぽさも気になってしまい、すんなり読めず。

ストーリー:◎

しゃばけシリーズ第2弾。
江戸の大店の病弱な若だんなと、それを助ける妖たちの物語。何篇かのお話が入っている。

1作目のときは、これほど面白いと思わなかったのだが、2作目はすごくいい!と思った。この本を読んで、このシリーズは全部そろえよう、と決意。

●若だんなの名推理が冴える謎解きとしても楽しみだし、

<空のビードロ>の松之助が、日々がつらくても「でも生きていればいつか何か、心が浮き立つようなことに出会えるに違いない」と健気に思って、それでもくじけそうになって、でもやっぱりまたこう思えるようになるシーンとか、

<仁吉の思い人>で、妖である仁吉が、「恋しい、ただただ恋しくてたまらないのさ」と思う一途な恋心とか、

<虹を見し事>で、病弱な自分が将来大店を仕切れるのか日ごろから不安な若だんなが、ある事件で、自分の力の及ばなさを痛感して、「私は本当に、もっと大人になりたい。凄いばかりのことは出来ずとも、せめて誰かの心の声を聞き逃さないように」「いつかきっともっと大人に、頼られる人になりたい」と固く思う決意とか、

すごく美しいシーンがある。
きれいな夕焼けを見たときのような、染み入る感動がある。

若だんなにしても、他の登場人物にしても、いい人ばかりで、ちょっとキレイ過ぎるかもしれないけれど、こういう美しい心映えは大切だ、と思わされて、いい。

<虹を見し事>は、まるで夢の中にいるかのような、ワケのわからない状況から、その状況が明らかになり、それと共に若だんなの「大人になりたい」という決意が、ごく自然な流れで描かれていて、ストーリー運びも見事。
キャラ:○

第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞。
江戸時代モノなのに、ファンタジー?と思ったが、ごく自然に江戸時代+ファンタジーが融合している。
そういえば、日本では昔から、器物が100年を経ると、魂が宿り、付喪神(つくもがみ)という妖怪になると言われているではないか。(「付喪」は当て字で、正しくは「九十九」と書くらしい)


●江戸で、廻船問屋と薬種問屋をいとなむ大店の、病弱な一人息子「若だんな」には、妖(あやかし)がついている。
人間の姿をして店でも手代として働く仁吉、佐助は、白沢(はくたく)、犬神という力の強い妖。若だんなに仕え、世話をやいてくれ、時には迷惑とも言えるほど、大事にしてくれる。
その他、鈴の付喪神の鈴彦姫、小っちゃな小鬼のような鳴家(やなり)、屏風の付喪神、かわうそ、、、などなど、にぎやかで、本人達は至極マジメだが、やはり人とは感覚が異なるせいでか、どこかユーモラスな妖たち。

この本では、夜道で殺人現場に行き会ってしまった若だんなが、危ない目に遭いながらも、妖たちと事件を解決。ついでに、なぜ若だんなに妖がついているのか?も解明される。この後、シリーズ化されており、続きはまだまだ。

人のいい若だんなと、妖たちの掛け合いが楽しい。
独り立ちしようとする若だんなに、いつまでも子ども扱いの周り。黙って抜け出しては、見つかり、周りを心配させ、怒られる。同じパターンが続くのだけど、飽きないし、微笑ましい。

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