日々の読書

日々、つれづれなるままに読んだ本の、感想おきば
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キャラ:◎
坊っちゃん文学賞受賞作。私にとっては2冊目の瀬尾まいこ。1冊目の「幸福な食卓」にあまり魅力を感じられなかったのだが、もう1冊、と手にとってみたこの本は大ヒット。この、本に対する、合う、合わない、の相性は何なのだろう?

みずみずしくて、可愛らしい文章がストーリーにぴったり。登場人物のキャラクターがそれぞれ魅力的で、気がつくと好感を持ってしまっている。こういう書き方ができる人は、ふだんから人のよいところを探せて、表現できる人なのだろう。著者は中学の現役国語教諭らしい。こんなあたたかい目で見守られる中学生がうらやましい。

●自分が捨て子だという疑う小5の育生(いくお)は、母親に、捨て子でないと言うなら、その証拠に「へその緒」を見せてくれ、と頼む。
あっけらかんとした母親は、卵の殻を持ってきて、「母さん、育生は卵で産んだの。だから、へその緒じゃなくて、卵の殻を置いているの」と言う。

明るくて、料理が上手で、息子への愛情を、言葉でも行動でもめいっぱい表現する母親。
自分は捨て子と確信しつつも、母親のあふれんばかりの愛情を一身に受けて、素直で優しくマジメな息子。
魅力いっぱいのこの2人の母子家庭の様子が、みずみずしい文章で描かれて、読む人を笑顔にさせる。

『すごーくおいしいものを食べた時に、人間は二つのことが頭に浮かぶようにできているの。一つは、ああ、なんておいしいの。生きててよかった。もう一つは、ああ、なんておいしいの。あの人にも食べさせたい。で、ここで食べさせたいと思うあの人こそ、今自分が一番好きな人なのよ』
なんて事を、私も自分の息子に言いたい。
母親のこの台詞、すごく好きだ。真実をついている。

『夕暮れでも海でも山でも、とことんきれいな自然と一人じゃないって確信できるものがある時は、ひとりぼっちで歩くといいのよ』
なんて事も言ってみたい。

私はまだ子育てを経験していないけれど、このハナシを読んで、子供を育ててみたい、と思わず一瞬思ってしまった。

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吉川英治文学新人賞受賞作。読みやすく、言葉もストーリーも優しく、飄々としているけど切なくもあり、だけど私とはあまり相性が合わなかった。再読したいとは思わない。

●女子高生・佐和子は、父、母、兄、佐和子の4人家族。必ず全員そろって朝ご飯を食べるし、家族同士でいろいろ話をするし、お互いに愛情をもって接している。とても優しい。
でも、父親は自殺未遂の経験があるし、母親はそれによって父親と一緒にいることがどうしてもできない精神的な病で家を出ているし、兄は非常に優秀だけど何事にも真剣になれないでいるし、私にも問題がある。
だからと言って、家庭がすさんでいるわけではなく、家族はそれぞれ相手のことを思いやり、かわされる会話は穏やかで可愛らしい。

卵の緒」の方は、この穏やかで可愛らしい文章がぴったり来たのだが、この本は、内容的にはかなり深刻な話題を、なぜか淡々と優しい文章で書かれているのが、どうもしっくりこないのが、相性が合わなかった原因かしら。

源氏物語には、タイトルだけが古い研究書に残っている「輝く日の宮」という帖がある、という。
「輝く日の宮」とは、光源氏の憧れの人にして、義理の母、父帝の后である、藤壺の女御のニックネームらしい。
この帖は、光源氏と藤壺の宮がはじめて結ばれる場面が描いてあったが、何らかの理由で欠損している、という意見が世の中にはあるらしく、著者は、この帖を読んだ一条天皇が内容が禁忌にふれるからと削除を命じたのでは?という。それを、偽作というか、こんな内容だったのでは?と想像してつくってみたのが、本作。

現代語版と、古語版の2つが収められている。

与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子につづいて源氏物語の現代語訳を刊行した著者によるものだけに、それっぽい内容になってるんだろうと思われる。私は原文も現代語訳もどれもまだ読んだことないのだが。

現代語版の出だしが、いい。

『もの悩ましい晩春のたそがれでした。』

生ぬるくて桜の花が白くぼうっと光っていて、心がざわざわするような、そんな夜の雰囲気が伝わる。

肝心の中身は、割と短くてさらーりと読んでしまったのであんまし印象に残らない。
いつか、源氏物語の現代語訳をどれか読んだら、また再読してみたい。



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